真似をする

2018. . 30
えーと、たまに絵を描きます。模写しました。

ってもいつも画材はもっぱら鉛筆とボールペンしかつかいませんが。

絵の極意は、というか、絵が上手くなるには練習しかないんですが、デッサンばっかりやってたらつまらないじゃないですか。
特に画家にでもなりたいっていう人じゃないなら、単に自分の好きなイラストが描けるようになりたい、なんて人は既存のイラストを模写するのが手っ取り早いです。 (模写元の絵はりーんさんってイラストレーターの方の描いたものです。面識もなく全然存じ上げないので、もし問題があれば即刻削除します)

IMG_2916.jpg



絵を描きたいって人は、まず自分の思い描いた絵を描きたいってのがあると思います。
物作りでもそうなんですよね。どんなものが作りたいかって思い浮かべるところから始まる。
機械ものだと、それがどういう役割を果たすのか、どういう機能を持っているのか、どのような使い方ができるのか、ものを作る人は絶対にそれを考えています。意識してなくても、ぼんやりでも、頭の中にはあるんですよね。

で、可能かどうかを、自分の技量とか道具とか知識を天秤にかけて判断します。
見切り発車でやっちまうことも多いですが(私はそのクチです)後でなんとかするのも技術や知識や情報や道具でカバーします。
多分、世の中には1から100まですべて決まっていないと動き出せない人もいると思うんですが、それはそれですごいことだなと思います。私は考えてたら脳のストレージが一杯になってフリーズするので、適時アウトプットしないとできません(要するに脳みその性能が悪いんです)

物作りってのはこういう無意識の過程を経て作られます。

で、実際の制作に移るとき、どのようにすれば上手くいくか、そのものが機能を果たすかというのは、経験的なものもありますが、やはり大きな要素としては、既存の物をどれだけ見ているかに尽きます。ある機械を見て、そのものがなぜそんな形をしているのか、なぜそんな素材を使っているのか、なぜそんな配置になっているのか、というのを考えて理解することなんですね。
特に製品化されているものは、頭のいい人がちゃんと考えて設計しているものなので、技術理論的な裏付けがあります。

だから、間違いのないものを作りたければ、まるっぽ真似して作ればいいんです。
同じ素材を使って、同じ寸法で作って、同じ方法で組み立てて、をやれば同じものができます。
それを既存のものよりも、1パーセント強い素材で作れば、おそらく強度の高いものができます。
強度を問わない場合なら、それに穴を開けたり、肉抜きをしたりすると、軽量化にもなります。
もしかすると、形状を変更することで、既存のものよりも強度が得られて、さらに軽量化させることもできたりするかもしれません。

そうして、どんどん技術とか知識とかが上がってゆくんですね。
それによって、情報を咀嚼できる能力も上がってゆくから、乗算的にレベルの高いことができるようになってゆく。

とまあ、理想論的なことを言うとこうです。

ただ、その域に至るには、時間とお金と根性がいります。もうね、これは絶対いるの。このどれか一つがなくても成りたたんのよ。
だから人生80年って言っても、そこそこ上手くできるようになる頃にはいい歳になってることがある。

その中で私、絵を描くのはだらだら底辺で続けてきたんですが、一向に上手くならない。
これは何でかっていうと、練習を全くしないから。絵の技術論に対してほぼ興味がないからです。
絵に対しては、どうやったら上手く描けるようになるか、を考えたことがなかったんですよね。
自分としては中途半端やなぁ、と思っています。

あ、いや、まあ私の人生が大体中途半端なので、それは当然なんですが。

で、カップラーメン出来上がるの待っている間(四分)を目安として手近にあったイラストを模写してみました。何でもよかったんですが、「美少女イラスト」の画像検索で呼び出したトップの絵がこれだったので、つかわせてもらっただけです。他意はありません。

IMG_2900.jpg

ボールペンでペン入れ

IMG_2902.jpg

デティール入れまして

IMG_2903.jpg

こんな感じ

IMG_2915.jpg

ご本人の絵と並べるなどおこがましいのですが、まあ、ずれてますねぇ。勝手にアレンジもしてますが。
この様に、プロの方と比べると、自分のだめさっぷりがよくわかります。そして私は模写元のイラストを見なければこのポーズは描けませんでした。
できないことがモロにわかります。

こういうことを幾度も続けていると、描けるようにもなります。これはどんなイラストレーターでも漫画家でも言うことです。
とにかく描け、と。描いたら描いただけ上手くなる。 それはよぉーっくわかります。
情報は有り余るほどあふれているのだから後は、じぶんの時間と根性で続けるのみ。それをするには生活+αの余裕を生み出す金がいるのです。

密かにおっさんになってもこんなことをやってたりします。
別に美少女イラストが特に描きたくて絵を続けてるわけではないのですが、もう少し若いときに頑張っておけばよかったと、ふと振り返る事があります。

ジジイになったときにも、同じ事を言っているのかもしれませんが!




桜フィーバー

2018. . 28
あっしも、例に漏れずに桜の話題なんぞをするのですよ。

この天気のいい日に店にこもっているなんて罪だ! と私は車検に出たわけです。

IMG_2880.jpg

なんとまあ、ほぼ満開に近いのではと。

IMG_2871.jpg

天気もいいし、週末は花見日和だなぁ――――――雨降ればいいのに……とか思ってないですよ! 全然! マジで!

IMG_2879.jpg

ちょこっと寄り道して、桜の名所的なところを覗いてきました。
そして、そんな私のことを窘めるかのように、大きく開いた窓から、ひとひらの花びらが舞い込み――――

IMG_2870.jpg

「ねえ、桜はなんで春に咲くか知っている?」

「え……? そりゃ、君たちにも生物学的な事情があるわけでしょ、植物界の生存競争の結果じゃないの?」

「もう、ばかね」

「ええ?」

「私たちが大きく枝を広げて、春に花を咲かせるのはね、これから訪れる新しい環境に不安になってる人を応援しているのよ!」

「でも、ボクには君たちが、気温に応じて好き勝手に咲いているようにしか見えないけど?」

「もう・・・・・・今あなたは、上を向いてるじゃない!」




とか、そんな妄想をするくらい。

私の心の中は平和だった。

月末の戦々恐々をしばし忘れるほどに……うおお、三月終わるぜ。

三月はなおざり

2018. . 27
てんちょのあやしいはなし

最近三日月を見上げるときれいに見えなくて、変な形に見える。

ああ、俺はついに異世界とコンタクトがとれるようになったのか、と。その事をお客さんに話したら「乱視ですやん」と言われてしまった。これだからロマンのない人は嫌なのよ、もうっ!

どうやら、月ぐらい遠くの物を見るときに具合が悪いようで、私生活には影響ありませんでして、まあなんですか、私がとち狂って航空機パイロットにでもなろうと思わない限りは問題ないと思います。

さてそんな不具合が発見された三月。

三月もこの末々になってきますと、にわかに慌ただしくなって参りまして、桜のつぼみが膨らみ始めるといよいよ春を連呼する声が聞こえてきます。ラジオから流れる音楽もどこかしら春を思わせるような曲が増え、揚々春をたたえる雰囲気に包まれて参ります。

そう考えると三月ってなおざりにされているよなぁ、と思います。

ちなみにですね、「なおざり」と「おざなり」は誤記ではなく、別の言葉です。大体同じ意味なので間違ってつかっても問題ないですけど、「おざなり」のほうが短期的で影響する範囲も小さいと思っておけばいいかと。

四月が近づくとはようはようと手招きする様は、じつはどの月よりも待ち望まれているような気もします。
実際、この時期を境に世間の景色も花が咲き始めるなどして、様相を変え、急に世界が明るくなったような気すらしますから、日本が4月を新年度初月としているのは、事始めの験担ぎとしてはいいものだなと思います。

これが巷に言われるような、海外に合わせて9月を入学式にするなどの流れになると、少し様相も変わってきますよね。
長らく親しんだ桜の季節に新しい生活と人間関係が始まるというのは、人がまるで季節とともに成長してゆく植物に例えることができるという点でも、日本人の情緒的な部分に密接に関係してきたはずですし、今更変えるとかどうもしっくりこないなぁ、とお思いになる方も多いと思います。

なんせ100年このパターンだったんですから。

え、その前ですか?

その前は9月入学だったんですよ。大正10年までですけどね。でもこちらも大学創立期からですから40年という歴史があって、結構長かったそうな。ですから明治時代なんかの学校入学(いわゆる学校とされる場所は皆9月でした)を映画やドラマで描写するときは春ではなく秋でなくてはなりません。なんか私たちの中では、入学=春=桜色、みたいなイメージありますよねぇ。

この秋入学、秋卒業がなぜ今になって取り沙汰されるのかと言いますと、ずばり「グローバル化」で海外とのギャップをなくそうということだそうです。(とりあえず大学だけね)
そのほかのメリットとしては、高校卒業から大学入学、大学卒業から会社就職までの期間に、ボランティアやインターンシップなどの経験ができるとのこと。まぁ、半年フリーな時間があれば普通はバイトにいそしむでしょうけどね。

しかしなにより社会制度との連携というのがなによりの問題でして、実のところこの春入学制が採用されたのも、政府の会計年度に合わせるという事からだったそうです。お国の事情に合わせたわけですね。
その感覚ですべてが――つまりあらゆる業界が春に納め、春に始めを踏襲してきたわけですから、今更それが変わるとなるとさあ大変なこと、とは想像つきます。

私としては、グローバル化することがそんなに有意義なのかと、単純に思います。
なんせ、まず、日本の教育がグローバル化してないんですから。
大学になって急に国際化だ留学だなんだと、いったところで、中学高校とまるで社会の勉強もしてないし、英語だってしゃべれるような教育を受けてきていない。

普通みっちり六年間外国語を勉強すれば、誰だって喋れるようになりますよ。
あれだけ日本史やら世界史やってりゃ、社会のこともっと知ってますよ。

世界共通だとか、国際基準だとかいう前に、まず日本人は世界に出られるのか? ということはよく思います。
無論私も含めてですが――いや、私は出ませんけどね。

私は、日本の独自性や箱庭的な情緒的趣味って好きですけどね。
なんなら、外国人が日本に来るために努力して、日本語を習得して日本の慣習に馴染んでほしいものです。
そういう特別な国であってもいいんじゃないですかね。

国花である桜を節目にすべてが始まる国

そういうの、国として大切にすべきことだと思いますよ。

外様だから暢気なこといいますけどね。だって、関係ないもん。








あおられた

2018. . 13
サー、春も来たし、今年始めてバイクを動かしました。
そんくらいの頻度なんですよ。寒い日と雨の日には乗らない。

大人ですから。

IMG_2734.jpg

でさ、機嫌よく走ってたわけですよ。茨木の山間から篠山方面までぬけて、道の駅で地元の農産物をあさりつつ、日が落ちる前に帰ろうと南下。池田から国道を走って帰ろうかとおもいまいて。

そしたらですね。
煽られました。
車に。

ま、こっちはバイクですから、車からしたら気に入らない走りでもしたんだろうと思う。あたったり擦ったりしてないし。

私の背後にピッタリついて、クラクション鳴らしてきやがるんですよ。
なんすか、と。無視してたんですが、しつこい。

でかいカラして執拗についてくるあっちも随分な粘着具合で、やられたこっちもやっぱり腹立つもんは腹立つ。
なので、礼儀として、中指の一つは立てておかんとイカンでしょう。

怒ったんだろうなぁ。ガンガン迫ってくるから、そのままちぎりましたけど。


ありゃあ、最終的にどうするつもりなんでしょうかね? 車降りて殴りに来るつもりなんでしょうかね?
やめてくださいよ。私喧嘩は苦手なんですから。謝ってしまうじゃないですか。

イラッとして追い回す行為は、本能的にわからんでもないんですけど、無意味なんですよ。
相手が謝ればそれで溜飲下るのかも知れませんが、それで満足できるくらいのことなら、最初から怒らなかったらいいのに。
そりゃあ、こっちが車のボディを擦ったとかなら謝りますよ。然るべき対処にだって応じます。

特に車みたいなでかいもん乗ってるんだから、冷静にならなあかんでしょ。

言い訳と言われるかも知れませんが、

車にしか乗らない人はわからないと思いますけど、バイク側って、見た目ほどそれほど周りは見えてないんですよ。
ヘルメットは被ってる、ミラーは小さい、バランスとりながら運転操作してることで、感覚の大半は運転にかなり取られてます。
対する車は、ほとんど小手先で操作できるような簡単な乗り物です。オートマなら尚更、両手で別々のことが出来るくらい余裕があるんです。

これから暖かくなるごとに、バイクと遭遇することもあるでしょうけど、車を運転している人は大目に見てやってください。
もちろんバイクもマナーを守って運転しなければいけないのですけどね。

警察に! 2  Returns~奴らの足音が聞こえる~

2018. . 24
てんちょのあやしいはなし

職質されました。 再び職質ですよ、奥さん。 まさかの続編です。

人を迎えにゆくため、駅に向かうと、そこここに人待ちの車が停まっておりました。私はその中の一角に車を停めて三分くらい車内にいたんです。そしたら、窓ガラスをコツコツと叩く音。

これ、もしかしていつぞやの警察に職質された話 の再来じゃないかと・・・・・・。

窓の外には招かれざる三人の男たち。
まずはパワーウィンドウスイッチを軽く押して、窓を五センチだけ開き。

「なに?」と私。
「防犯警戒にご協力ください」
「なんやねん、またか」

私、この時気づいてしまったんですよ。
二ヶ月前にコンビニで私に職質してきた警部補じゃねぇか……と。

フッ、腐れ縁だな……とか笑って済ますわけにはいかんようで。

「ちょっと車から降りていただけませんか」と。
「前にもやったやろが、おのれが! 二ヶ月前に!」
「え、わたしですか? してませんよぉ! 一年や二年前なら忘れてるかもしれませんけど二ヶ月前なら確実覚えてます!」

覚えてねぇだろが! 三十分以上コンビニ前で問答して、あれだけゴネたのになんで覚えてねぇんだよ、こいつ馬鹿か。しかもその時の車と同じやし。

一瞬、あの日のことがリフレインし、言い合うのが超絶にめんどくさくなって、このバカのいうとおりに、再び鞄の中と車を洗いざらい見せて済ましちまおうかと思ったんですよ。

でも、ちょうど、待ち人が駅から降りて来た。
とりあえず、助手席に乗せる。

「で、何を見せればいい訳?」
「車の中と、カバンの中身を」
「時間ないんだけど、急いでるんだけど」
「五分で終わります」
「何の権利があって?」
「ご協力願います」

私、四年ぶりくらいに、心の底から腹たちました。げきおこです。

パワーウィンドウ全閉、ドアロック、警察官が窓を叩くのを無視してドライブレンジに入れて発進。
そのまま、ラン・アウェイですわ。もちろん車動かす時に警察官が当たり屋しないように、ソロリソロリと気をつけて発進です。シートベルトもしっかり締めて、法定速度の30キロで遁走。

もちろん追っかけてくるんですけどね。バイクで。
信号待ちのたびに窓ガラス叩いてくるけど無視。
右から左からくるけど、無視。

彼らの責めに対し、常識人の助手席の連れ合いが窓を開ける。
警察官「もう、大人でしょ、ゆうこときいてくださいよ!」
私「お前が大人になれや、ボケェ!」

で、約一キロ走り続けて終わりです。管轄外になるまで走ってやろうと思ったんですけど、その手前でリタイヤしました。

一応、職務質問の根拠を示しておきますと

警察官職務執行法第2条

「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は、既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。」

これが職務質問を行う際の法的根拠です。質問だけです、持ち物検査まではその範疇に入っていません。

(刑事訴訟法は、捜査機関の行う捜索・差押などの強制捜査について、原則として裁判官の発する令状が必要となります。なので拒否することは可能で違法ではありません。)

私が全裸で運転席に座っているなど、明らかに異常であったなら職質してもいいです。いや、むしろスルーされると日本の治安が心配になります。ですが私は単に、たかだか三分間、車を停めていただけです。しかも周囲にも同じような人がいる。

じゃあ、犯罪に加担しているとみられた、と。

まあ、そういう理屈を通そうとすれば通せます。 

「あなたが“かの犯罪”に加担していると思ったんですがねぇ、違いましたか、ああ、すみませんどーも、どーも、すみましぇん」といえばいいんですから。

それで、こちらが被った不利益はどうなるのだろうか、という点は明言されない。
仮にですよ、何の罪も犯してないのに、職質受けたことで試験や、面接時間に間に合わなかったり、乗り物に乗り遅れたり、イベントに遅れてチケットを無駄にしてしまうような事だってあるわけです。もしかしたら親の死に目に会えなかった、なんてこともあるかもしれません。

その保障はどうしてくれるのでしょうか? 損害賠償請求案件ですよ。慰謝料だって請求できますよ。
殆どの人が訴訟を起こさないからといって、違法な警察行為をしていいわけではない。
そもそも荷物の中身を見せるのですら強制はできないんですから。

原理原則に従えば、職質(任意同行でも)なんて全否定していいし、無視してもいい。
それを圧力により、市民を屈しさせることはある程度必要だろうし、そのような緊急性のケースはあるだろう。国家権力と人権、そのせめぎあいの中間地点に彼らがいることは理解しています。
何も警察官憎しでこんなことを書いているわけではないのですよ。

なんなら当該の警部補に直接こちらから会いに行って、一緒に飲みに行こうって誘ってもいいくらいだと思っていますよ。
私が無害な人間だということを理解してもらうためならね。
それで、彼が私に職質する根拠を失うのなら、なんぼでも付き合ってやります。

そんなわけで、二度ある事はともうしますので、三度目もきっとあるんじゃないかと。
その時の対応はどうするか、今から考えておきます。

あ、誤解しないでください。
私ややこしい人じゃないですから! 善良で無害な小市民ですから! 怒られたりしたらすぐ泣きます! 寂しくなったら死んじゃいます! すぐにPTSDになります! だからいじめないでください! 
 HOME