発掘した過去

2010. . 28
全然関係ない話ですけど。

最近、日曜日の朝にドラゴンボールが再放送されています。

私は別にアニメファンではないのですが、やはり面白いものはアニメだろうが映画だろうがドラマだろうが面白い。

ドラゴンボールといえば、丁度私が小学校の高学年くらいから連載が始まって、その数年後からアニメ放映となったと思いますが、「Drスランプ」で一斉を風靡した鳥山明氏の第二弾大ヒットとなり、二十数年経った今でもその人気が衰えることがないという事実はまさに驚愕であります。

さてさて、そんな折、現在再放映されているシーンはいわゆるフリーザ編と言われるもので、元来敵役であったサイヤ人のベジータが大活躍する超見せ場が盛りだくさんの、かなり魅力的なエピソードが盛り込まれているのですが、この当時私が十五歳くらいだったか?ワンフェス(を知っている時点でオタク)が大阪でビルの一室を借りて細々やっていた時ですから、相当昔です。
そのワンフェス(ワンダーフェスティバル ガレージキットの展示即売会 多分当時はゼネプロ主催、現海洋堂主催に移行し、現在ではコミケに並ぶオタクやコスプレイヤーたちにはなくてはならない年間一大行事になっている)に、普段は見られないガレージキットなどを足しげく見物に行っていたのが私の過去でございました。

そこでささやかながらコンテストなどもあったのですね。
それで出品したのがこれ。

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なんですがね、


ベジータでした。

今となってはドラゴンボール関係のフィギアなんぞ腐るほど巷にあふれておるのですが、この当時では皆無でした。

そもそもガレージキットとは大手の模型メーカーが一般の需要を見込めないため生産がなされない、マイナーな作品のキャラクターやロボット類、あるいは大手メーカーが手がけていてもデティールの甘さやプロポーションのダサさを造形作家がアレンジやモディファイリングし原型を作ることに意義があった模型業界のカテゴリーの一つで、ガレージというだけあって地下産業的な背景がありました。

 そのため、原型からシリコンで型をおこし、レジンキャストなどで複製物を手作業で一体一体作るという、非常に地味なことが行われておりました。つまり原型が壊れた時点、あるいは型が壊れた時点で生産はストップするわけで、基本的には大量生産が出来ない、常に限定生産的な位置付けをされていたわけです。

そのためマニアは(この当時はオタクは相当に世間から白い目で見られていました)こぞってン万円のガレージキットを買いあさっていたのでありました。無論当時の私にはそれほどの経済力はないため見るだけで終わっていましたが。

で、そういったプロの造形作家は自作の作品をコピーしてガレージキットとして販売し細々生計を立てていたのですが、精神的、経済的な理由でそういうことまでが出来ないハイアマチュアは既存のキットに満足できないか、あるいは生産も販売もされていない被造物を欲するあまり、しばしばモディファイリングやスクラッチビルドといった、一点もの製作に心血を注いで自己満足に浸っていたわけです。

その一人が私だった、とまあ思っていただいても構いません。

今ではどこへ行ってもそこそこの知名度のフィギアなら(あるいは多少マイナーでも作家やメーカーが増えた分)、手ごろな値段で手に入るようになってしまい、求める側からすればよい時代になったなという感想ですが、逆にもはや一から素材をこねくり回してスクラッチするのが馬鹿らしくなり、模型業界に背を向けた方々も少なくはないでしょう。


こういうお話をするといつも思うことですが、どの業界にもこの家内製ガレージキット全盛期のような黎明期というものはあります。
すでに恩恵を受けてしまっている人々にしてその過去の遺物のような時代的価値は一生かかってもわからないものでして、古い世代が口を開けば単なる苦労自慢話となり、現代の若い世代から見ればそれらが良くはわからないけども朝焼けのかなたのように光り輝いて聞こえるのもそれなりに仕方のないことかもしれません。

けど実際は眩い光の中にいたどころか、欲しいものを手に入れるためにはそれなりに創意工夫と努力を否が応でも要求されただけ、というお話なんですけどね。

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