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運動会の撮影術

2018. . 03
てんちょのあやしいはなし

さて、10月といえば運動会の時期ですな。 最近は夏の酷暑を考慮して春に開催というのも少なくないそうですが、まあスポーツの秋とか言うように、我々世代ではやはり運動会は秋という印象が強いです。。
この運動会も最近では様変わりというか、賛否両論というか、時代と共に様相も移り変わり、そこに生まれる問題も変化してきています。

特に、写真やビデオ撮影の問題は、ある時期を境に問題になり久しいわけですが、近頃は個人で撮影機材を持ち込むのは禁止だという学校もあるようです。これは個人情報云々かんぬんもありますが、保護者を装って変質者が紛れ込むケースもありあり。ですから子供の体操服にゼッケンや名前をつけるというのが御法度になったとか。

かなり前からある話ですが、運動会の保護者観覧席の場所取り問題は根深く、朝も四時やら五時から校門前に、お父様方(の役割なんですって)が立ち並んで、開門と同時に一斉に、それこそTDLばりのダッシュで、場所取りに向かうのだそう。
ま、この混乱だけでも危険なのですが、我が子の活躍が一番よく見える席は誰もがとりたいもの。血を血で洗うような諍いもあるとかないとか。

報道マンのように脚立を用意する御仁も珍しくはないのですが、実際に「報道」などと書いた偽腕章をつけて縦横無尽に会場を動き回る保護者もいるというから、これは呆れた話です。

それほどまでに我が子を写真やビデオに収めたい、という気持ちはわからんでもないですが、これは各種機器の高性能化が拍車をかけてきた経緯がありましょう。

実際、家電製品売り場でもこの時期を目指して、カメラやビデオの販売に力を入れますし、売りつけるには格好のチャンスな訳ですし、ガジェット大好きな「大きなお子様」であるお父さんは、かねてより羨望であった一眼レフカメラのカタログをあれこれ物色して、堂々と妻に購入申請を出す事が出来るという。

さて、そんな悲喜こもごもの諸事情はさておいて、高性能一眼レフカメラを駆りながら、運動会における写真撮影に四苦八苦するお父様方もおられるでしょう。
フィルム時代のカメラでは、AF普及前ならなおのこと、その末期でも動き回る者を捉えるというのは非常に難しかったんですよ。
そこには一定の腕と、機器の性能が要求されましたし、なによりその瞬間を狙える撮影ポジションと、動体予測イメージというものが必要とされました。

しかし今時のカメラというのは、高速連写でチャンスを逃さない、動体追従AFでピンずれなし、高感度設定で超高速シャッターで汗の煌めきまで切り取る、いい加減なホールドでも手ぶれ知らずなブレンビー機能、それに加えてワイドレンジなズームレンズに、マルチアングル液晶パネル。

まあ、至れり尽くせり、フィルム時代では考えられないほどの高機能満載で、入門機でも充分すぎる能力を発します。
もちろん、カメラの事を何にも知らなくても、カメラ任せのオートで素敵な写真が撮れちまいます。

スマホが普及して写真をとる事が日常になったのもあるのですが、そんな、誰でもが写真機を簡単に扱える時代になったれば、撮影された写真に対し、いちいち感心もしなくなるものです。まして(これは昔から言われる事ですが)他人の子が活躍してる写真なんて見たって面白くもなんともない。いわゆる、他人のホームビデオほど観せる側と観る側の齟齬が大きい鑑賞物はない、というやつでしょう。

そういう観点から、カメラを抱えてひたすら我が子の出番を待つお父さん方へ、私は提案したい。

例えば我が子が出場する、徒競走があるとしましょう。
人気撮影スポットは肉薄するダイナミックな動きが期待できるコーナーと、ラストスパートせめぎ合うファイナルストレッチでしょう。絵的には想像できますよね。撮影係としてこれを撮るのは至上命令とも言えますが、はっきり言ってつまらん写真です。それがいかにクッキリハッキリお子様の表情や動作が記録されていようが、つまらんもんはつまらんです。記録をいちいち取り沙汰される陸上選手じゃあるまいし。

そしてこの撮影スポットは保護者らで殺到し輻輳する。思うように撮影できる可能性は低い。

徒競走における最大の見せ場はどこか? と問われたなら私はこう答えます。

「スタート直前とゴール直後である」と。

我が子や競争相手となる他の子達の緊張した面持ち、勝っても負けても必死で頑張ったあとの開放感あふれる顔ぶれ。このまるで無防備な、目の前の事に精一杯の姿こそ、第三者かつ撮影者である親だけが捉えてやれる姿ではないでしょうか。
競技と競技の合間に、クラスメイトらと和気藹々としている姿もまた撮影素材としてはもってこいです。

そういった光と影でいえば陰になる方の、舞台袖とも形容できるシーンは、公式には残りにくい素材であり、あとからも思い出には残りにくい曖昧な部分になりがちです。そしてなにより、我が子の学校内での姿を間近で見られる機会などそう多くはありますまい。

また、運動会運営に奔走する先生方などの姿や、固唾を呑んで見守る親御さん達をおさえておくのも、とてもよいです。

大容量メモリーによる潤沢な撮影枚数があるからこそいえることですが、運動会全体を撮るという気持ちになってみると、また新しい運動会の楽しみ方が出来るものですてはいかがでしょうか、という話です。

もしも出来るなら学校中を撮影するのもよい。子供達にとっては毎日通う何の変哲もない学校だが、お父さんにとっては年に何度あるか判らない学校侵入の機会なのです。そういった機会以外、学校に触れる事すら禁忌でしょうに。ですから校内の施設や様子を撮るのも一興です。

学校という風景、その運動会という風景、そこにいる我が子の同級生、先生方、そして我が子という、俯瞰的視点で、息子娘の晴れ舞台を捉えてみてはいかがだろうか、と思うのです。
それらの写真はきっと、子供達が十年、二十年後に見返してみたくなる写真になると思います。

写真やビデオより、心のレンズで彼らを捉えてあげて!

よく聴く言葉ですが、そんなもんは綺麗事です。
子供の運動会観覧は親が見て感動する為のものではない。そして感動させるために催されている訳ではない。どこから見ても美しくかつ完璧な、我が人生に悔いなしなガッツポーズを決めたファッション写真を狙うためにあるのでもない。

今、この時、この場所でこの瞬間、あなた方のご子息らはこんなに輝いているのですよ、今までの成果を見てあげてください、この現実を直視してください、という機会のために設けられている。そして、家族が見に来ている、見られている、その事実の前にひるまず果敢に、「父さん母さん、俺やってみせるよ」と愚にもつかない気概を奮起し、仮初めの栄光と挫折を味わう子供達のためにある。

自分の子供だけがヒーロー、ヒロインのファンタジーではなく、我が子を包括したここにある全てが、その後にも続いてゆく人間ドラマのドキュメンタリーなのです。勝とうが負けようが、転んで血を流そうが、自分の子供がそこにいるという現実こそが奇跡であり素晴らしい事であると私は思います。

高級一眼レフカメラを携えた気骨あふれるお父様は、是非ともそのような気持ちで子供の運動会に参加していただきたい。さすれば若干変人扱いされつつ、周囲の親御さんから一目置かれるような写真が撮れる事はもちろん、妻に「我が子の見せ場がほとんど写っていないではないか」と詰られる事必至。

まあ、私などは「幼稚園の先生」の方がかわいいと思うような人種であるからして、行きませんし撮りませんが――――あ、そもそも園内に入れて貰えないですね。 残念!

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