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配線処理

2018. . 14
誤変換をして初めて気づきます。意外に「はいせんしょり」って多いなと。廃線、敗戦、廃船、廃川、なんか全部終わってるものを処理する感じですな。

配線処理です。 これは年式、モデル違いのエンジンスワップなどの際、必ず行わねばいけない作業で、もっとも時間と脳力を使う作業です。エンジンスワップなんて力技感満載ですが、こちらは繊細な心配りが必要です。

IMG_4333.jpg

エンジン積むだけなら簡単です。ベスパの場合ボルト二本ですわ。

IMG_4334.jpg

問題はこっち。今回は旧年式のボディに高年式のエンジンを積むから、比較的楽なんですが、逆だとしんどいです。(まあ普通はやらないですけど) 配線図を見ながらいらない線を端折ってゆきます。余裕があればペイントツールとか使って配線図書くんですが、今回はアナログに修正液で消しながら進めます。

IMG_4332.jpg

そんなベスパな作業ですが、ベスパのエンジンってこれだけなんですよ。リアの駆動部分まで含めてもこんなにコンパクト。
現在も多くのスクーターが街を走っていますが、スクーターの基本形を作ったのはまあベスパでしょう。

と、思ってた。

そう、思ってたんですよ私。

でもスクーターのもっとも原型を作ったといわれるのが、アメリカのメーカーAmerikaans-Britsが1910年に作ったAUTOPEDだそうです。当時は椅子すらなく、キックボードにエンジンがついただけ、みたいな形をしてました。市販されたかは不明ですが、これが始祖だそうです。

その後、欧州にも渡り、イギリスのGILBERT COUPLINGという会社が作ったのが、今のスクーターの原型に近いSKOOTAMOTAというバイクらしいです。こちらは椅子もあります。

その後1946年から、本格的に庶民の足となるのがイタリアのベスパですが、それ以前にも各メーカーはフロアステップや外装をフルカバードにするなど、現在に繋がるスクータースタイルを確立していたので、実はベスパはそれを踏襲して安価で量産しディストリビュートした、というあたりが功績と言えるようです。

そしてさらに意外な事実が、日本が誇る富士重工のラビットスクーターも、1946年が初号で(実はアメリカのスクーターを参考にしたそうです)、ベスパとは同い年。ランブレッタはそれより一年遅れている。まあ、あちこちで作られて元祖はどこだというのも野暮な話なのかもしれませんが。

その後ベスパはご存じのように世界中へ。日本では皮肉にもスーパーカブの登場で、一時スクーターというものが姿を消した時期があり、再登場は1977年、ヤマハのパッソル登場まで待つ事になります。
この当時幼少だった私も覚えてますが、「女性がスカートをはいたまま足を揃えて乗れるスクーター」というのが売りでした。

――が、そんなもん、30年以上前からあったんですわ。 スクーターの歴史だけで100年超えてるのよ。

等とおっさんになった私は、今更知った事実を得意げに書いてみた。

しかし、当時敗戦国であったイタリア、日本で敗戦処理もままならない中、せっせとスクーターを作っとった――というのはたくましい話です。




お、上手くオチた!




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