ワーゲン四方山話 その14 「ワーゲンとエネルギー」

2012. . 20

先日大阪市内をぶらぶらしてますと、原発反対を叫ぶデモとかち合いました。30名ほどの小規模なデモでしたが、10数名の警察と数台の警察車両が周りを取り巻いており、なんだかなーと。

 さて、巷では石油の高騰、電力の供給不足とエネルギーの双璧が軒並みダウンな状況が続いており、電気だけを取れば関西圏だけは関西電力が原発を稼働させたため、圏内の火力発電を停止させるほど余裕のウハウハ状態が続いております。
んが、おりこうさんな日本国民は足しげく節電グッズと節電家電を買いあさり、節電ビジネスとでもいうべきか節電の御旗のもとにあれこれ経営戦略はねられている訳です。

実際のところ、災害などでエネルギー源が断たれることは珍しくなく、まず電気水道、ガスはもちろん、ガソリンに始まる石油系の燃料もインフラの破壊に付随して供給が断たれます。ですので、日産のリーフなどは自前の蓄電池を外部出力して一時的な電力供給ができますよ、という一種の防災グッズ的な使用方法も提示しているのですが、まああの津波のなかで芋の子を洗うかのように流される車を見ればさほどに役に立つものかと思われますし、なんなら電気回路だけは完全防水にしなければ本当にいざという時のサバイバビリティは確保できないのではないかと、まあ思うわけです。


で、そもそもエンジンというのは燃料を燃焼させてエネルギーを得る装置なのですがこのエネルギーを得る方法というのは実のところ電気でも同じで、火力発電がわかりやすいのですが、結局は火を焚いて蒸気でタービンを回すという実に原始的な方法で電力を作り出しています。この点は原発も点火や燃焼の構造が複雑なだけでやっていることは火力となんら変わりません。さらに言うと、こういうのを外燃機関といいまして(対:内燃機関)いわば蒸気機関でして、蒸気機関車は蒸気の圧力で得た動力を駆動力に変換していますが、発電所は発電機を回すという程度のことです。

逆を返せば回転力を熱に変換するということも可能で、一度エネルギーになったものを燃料に還元することはできませんが、回転によりクランクを介しシリンダーピストンを動作させることで空気(Co2)が圧縮され、圧縮された空気(熱媒)は熱を持つため加熱エネルギーとして利用できます。これがいわゆる(かなり乱暴な言い方ですが)ヒートポンプというもので、各電力会社が震災前まで強力に後押ししていたオール電化の真打ちだったわけです。
また、以前の記事でもふれたようにクーラーのコンプレッサも冷媒という特殊なガスを媒体にして熱交換を行うシステムで、これもまたガスを圧縮するコンプレッサーという動力がなければ成立しないシステムであります。(ヒートポンプもクーラーも原理は同じなので、システムが複雑化、装置が大型化するデメリットを除けば家庭の冷暖房システムはヒートポンプユニット一つで全てまかなえます)

このように電気であれ内燃機や外燃機であれそれにより得られるエネルギーをあらゆる方向に変化させることが可能だということはお分かりだと思います。しかしながらエネルギー変換は等価かあるいは減価でしかできず(概念として、大きな意味ととらえてください。それにまつわるコストや耐久性、ロスなども含みます)増価はあり得ません。もし還元することでエネルギーが増える方法があれば人類は無限のエネルギーを得たのと同義となるからです。

ですので、たとえば。発電所で燃料を焚きタービンを介し電力が電線を通って家庭に運ばれる。その電気でヒートポンプなりIH調理器を稼働させることで熱を得る。つまりもともとの燃料で火を焚くこともできるのにわざわざ一度電気に変換している訳で、実はこの時点で本来燃料が持つエネルギーをかなりロスしていると考えられるのです。
しかしながら、この変換作業があるために我々は中東まで出向いて石油の採掘をし、そこから燃料を精製してそれでコンロの鍋の湯を沸かさなくても、家に居ながらにしてボタン一つでインスタントラーメンが食べられるということになっているのですな。

このようにエネルギーの変換をする(こういうのを多分専門用語で言えるんだろうけど私は知らない)ということは、輸送したり保存したりするのに便利な形に変換するということでもあるのです。
特に自動車の場合、単体ではただ燃えるだけのガソリンを液体の状態でタンクへ保存し、それをキャブレターやインジェクターといった噴霧器に送り込むことでより燃えやすい状態にし、さらにピストンとシリンダーで圧縮をかけ、本来爆発しないガソリンを爆発する燃焼性のガスに変換するという行程をシステムとして積んでいる機械ということになります。さらにそこで得たエネルギーを駆動力に変換し自動車を走らせる動力とする一方、その余力で発電機をベルトやギアを介して駆動させ電力を生み出すことにも成功しています。さらにターボになると捨てるだけの排気ガス圧をタービン駆動の動力に回し、混合気を過給させるという実に効率のいいシステムになっています。

ただ、以前にも言いましたが、エンジンとは駆動力を得るための機械ですが、同時に摩擦や爆発熱によりかなりの熱エネルギーが発生しているのですが、ここのところが実はほとんどが捨てるだけというもったいない使い方をしていることが指摘できます。
あえて言うならその排熱を利用して室内を暖めるヒーターとして利用していると言えますが、ごくごく一部の話で、やはり自動車が出す熱エネルギーはほとんどを大気に発散させているのが現状です。

この熱エネルギーを自動車の駆動力に換えることを「Well to Wheel」といいまして、つまり「油田から車輪」という意味ですが、前述のように燃料から電気、電気から駆動という2ステップをする電気自動車は熱変換効率が悪くなると思われがちですが、実際の理論効率はガソリン車で10から15パーセントほどといわれ、電気自動車で30パーセントというあたりです。
つまり残念ながら、ガソリン車は熱変換効率が低く、エコではなく燃費も悪いという結論に落ち着きます。

実に残念ながら。

ただ、少なくともこれは油田からという出発点を同じにした時の理論ですからその他のファクターは考慮されていません。
まあ、それでも部品点数の少なさなどからしても電気自動車に軍配が上がりそうですが。

現況で電気自動車が問題なのはバッテリーの寿命および高効率化と軽量化で、実のところそのあたり、無充電で確実に3000キロほど走ることができる電気自動車ができれば問題はありませんし、充電スタンドのようなインフラが出来上がればすぐにでも自動車業界がひっくり返るほどの準備はできています。
私の立場で電気自動車を応援するのはいかがなものなのですが、バッテリーの小型化さえできれば一度の充電でさほどの距離が走れずとも、充電スタンドなどは必要なく、バッテリーの規格統一化をするだけで「バッテリー交換スタンド」が実現でき、給油並みのスピードでエネルギー充填ができることになります。

そうなったときに、我々が愛でる空冷エンジンは窮地に追い込まれます。間違いなく。

インフラが普及するのと電気自動車が普及するのではかなり時間がかかる話ではありますが、ある一点を超えた時点で急速に自動車業界は電気化してゆくことは想像に難くなく、ガソリンスタンド業者からしても、マイノリティなガソリン族を相手に商売するよりマジョリティに属しようとするでしょう。そのためどれほどガソリン族が頑張ろうともスタンドの少なさから敬遠するようになり、ガソリン車が不便なものになるに従い、乗らなくなる、売れなくなる、売る店もなくなる、メンテもできなくなる、といった循環が発生し絶滅するわけです。

当然ですが、この推移が絶不調経済状態下の10年やそこらで完成するとは思えませんし、人間が未来永劫生きられないことをよく知っているからこそ目先の命を選択し、100年先の環境問題には目を瞑るということを当面は続けますから、無責任と言われても「俺っちが死ぬまで世界があればいい」と言い張るのは至極まっとうな感覚ではないかと思います。

最近はあまり聞かれなくなりましたが「Co2排出権」というマネーゲームを画策した連中がいる時点で、環境問題などまじめに考える気はないのだと思いましたし、世界は命がかからなければ変わらないのだなと諦観している次第で、まあせいぜい海面上昇が起こるまで高速道路とダムを造っていればよろしかろうと。

一部の超特権な人々は本気で火星に移住することも考えているようですが、少なからず人類の存亡をかけて超航行宇宙船を建造しコスモクリーナーを取りに行くという発想はないということです。

こういった中で、さて、我々は触媒レスの空冷ワーゲンをどのように考え乗り続けてゆくのか、というスタンスを明確に持つことが自分の人生を楽しいものにできるかどうかにかかっているといっても過言ではないといえますので、秋の夜長に酒でも飲みながらシナプスを1ミリくらい使って考えてみてはいかがでしょう、か。
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