クリスマス イブ

2011. . 24
さて、今年もやってまいりました。

クリスマスイブ。もはや語るまでもなかろうかという冬の世界的イベントでありますが、キリスト教が云々よりも、おそらくはイスラム圏以外の土地ではほとんど何らかのイベントが行われているであろうことは想像に難くなく、恐ろしく強い求心力を持っているのがこのクリスマスというものです。

で、改めてクリスマスというものを考えてみるのですが。

一般的に24日から25日にかけてをクリスマスとして指すのですが、ユリウス暦を使用する一部の正教会やロシアでは1月7日にクリスマスを祝うということになっております。このクリスマスというのは、『キリストの誕生日』ということですが、キリストは神の子であるということから『降臨祭』とも呼ばれます。

で、日本においてクリスマスの歴史は意外に古く、遡ること1928年(昭和3年)には新聞がクリスマスの普及実態を謳っております。
一説によるとこのクリスマスのある25日が当時存在した『大正天皇祭』という大正天皇が崩御した日を祝日としていたことから、特別な意味を持った日付と日本国民に刷り込まれていたことが関係しているとも言われております。

ではこの25日が本当に2000年前の人物の生誕を表した日付なのかと申しますと、暦のあいまいさもさることながら聖書に書かれた記述(が正確ならば)からしてどう考えても12月とは言えないことから、9がつか10月ごろであったであろうという説もあります。(もしくはもっと春から夏にかけて)

さらに現在のグレゴリオ暦は2011年などと記述しますが、紀元前をキリスト生誕以前つまりビフォアキリスト、BCとあらわすように西暦はキリスト生誕を起源にする暦であり、紀元後からの表記であるAD(Anno Domini)は『主の年に』という意味を持つラテン語だそうです。

んが、誕生日のあいまいさもさることながら、生まれ年もほぼ確定的に現在からさかのぼり2011年前ではないことが立証する文献や資料があり、おそらくは現在の紀元年より4年ほどは前だっただろうと言われております。

そういった食い違いが現在の2011年前の12月25日に制定された大人の事情は、元々太陽信仰のミトラ教の信者でキリスト教に改宗したローマ皇帝コンスタンティヌス1世が、336年にミトラ教の祭である冬至祭の日であったこの日をイエス・キリストの降誕の日と定めた、というあたりによく表れております。

この原始宗教(主には太陽信仰)の祝日の上書きというのを時の権力者の手により粛々と進められてきたのが西洋の歴史であり、キリスト教の歴史と言えるのはなんだかなーという気がしないでもありませんが、ま、そういうことなんです。

こうやってクリスマスをひも解くと面白くない話がわんさと出てきてしまいますが、もともと宗教行事だとかなんだとか言って楽しめないのはなんですし、そもそも日本人は特定の宗教感を持たない民族ですから、たとえお盆に祖先の霊を敬い、子の誕生にお宮参りに行き、クリスマスには狂喜乱舞し、大晦日に除夜の鐘を聞き一年を振り返りつつ翌日には初詣に神社に出向く、さらにその一ヶ月後には紀元節(建国記念日)を祝い、半月後にはバレンタインデーに心躍らせるわけです。

頭の堅い方はこれらの日本人の行動を批判的にとらえがちですが、これは年中お祭り好きの日本人の気質が生み出した文化であり、その時々において様々な思惑でイベントを過ごし、それぞれ振り返りや希望を見出すことでしょうから、とてもよいことだと私は思います。

言葉や文化が移り変わる中でイベントの本来の意味が変容しても、人々が受ける影響に害がなくむしろ喜びとなるのであれば、それは本来の祝祭や記念日の意味を逸脱しているようには思いませんので、私はこの点に関しては賛成です。

かの槇原則之(マッキー)がいわゆるクリスマスソングの中で ♪クリスチャンでもないのに…そう思っていたけれど、クリスマスは優しい気持ちになるための日だね♪ と歌う歌詞にもよく表れていると思います。マッキー天才だ。


今年もあと残すところ6日、あと一回くらい更新すると思いますが、とりあえず今年は30日まではお店にいてますので、そのところよろしゅうお願いいたします。


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