最近思うこと、まとめて

2011. . 09
長びく震災の事後処理に苦慮している間に、夏になりました。

原発も収束のめどがたっているのかどうかわからないまま放射性物質の拡散が毎日のように報告され、不景気に不安がのしかかってのんきに笑っていられない今夏の日本でございます。

ただ、

日本の中枢だけはのんき極まりないと思うのは私だけでしょうか?

福島県の93歳女性が「私は墓に避難します」と書き残し自ら命を絶ちました。

彼女ら高齢者にとって土地の移動を伴う避難という行為は耐え難いストレスであるそうで、我々のようなまだ若い世代には少し想像がつかない感情であるようです。
生きるよりも死を選ぶほどつらい、というより、単に厭だという感触に似ているのかもしれませんが行った先でどのような生活が送れるのか、それはけして贅沢ができないというからではなく、御歳九十にもなれば自らが安心できる環境やライフスタイルが確立していることもあり、その変化に必要性を感じないわけです。
新しいことを求めたり見聞きすることもほどほどでよいという、人生のクールダウンの時間帯に突入しているわけですから当然と言えば当然です。

で、日本の中枢部で辞任や退陣などと騒いでる間にこんなことが地方では起こっていたわけです。

与党も野党もええ加減にせえと私は言いたいのですが、はっきり言いますと現状国会議員は毎度毎度あんな不毛な言い合いばかりしてるなら勝手にどこぞの飲み屋かなんかでおっさん同士喧嘩でもしていればいいではないかと。それで地方自治体に全権を委譲すればよかろうに。

老人に「墓に避難する」とまで言われるような行政の対応がほめられたものでないのは確かですが、国会が政局で紛糾しているだけで日本が良い方向に向かっている実感がないことを我々も少なからず感じ取っているわけで、もはや管が民主党がダメだというより、国会議員という人種の人間性の問題なのではないかと思います。

ある意味今回の女性の自殺は政府に絶望したというシュプレヒコールですらあると思います。

前にも言いましたが、原発がひとたび事故を起こせば故郷を失うに等しいことになる、ということは今回で多くの日本人が思い知ったことでしょう。
それでもどうやら電力会社は原発を手放す気は毛頭ないらしく、アホ丸出しのねつ造メール作戦で原発続投の演出をしまくった事件は皆様もよく覚えておいていただきたいと思います。
九電の社長の会見で「社内の誰がやったのかなんて問題ですか?」という弁が印象的で、つまるところ企業の内部で自浄機能が働かないと言っているのに等しく、今後も不正は続けると言っているのと同義だったりします。

最近毎日「電気予報」なるものがお知らせされて使用率を示しているわけですが。以前はどのくらいの使用率だったのでしょうかね?ある意味電気は備蓄ができないんですから99パーセントとは言わずとも90パーセントくらいの使用率で作って使っているほうがエネルギーを無駄にしていないということではありますまいか?

なにか電力が足らないことをことさら強調して「やっぱり原発は必要だ」という論調に持っていこうとしているのは私の思いすごしか、勘違いか、九電のアレはやっぱり本音なんだろうなぁ、とか思っちゃったりするんですけど。



ま、どちらにしても悲しいかな、原発をすぐにやめるわけにも、廃止することもできないわけで、我々は一蓮托生この国とともに生きてゆかねばならないわけでして、ですんで選挙というのは実に重要な権利だな、と。


大人としてはその辺に落ち着くのがまた悲しいところであります。

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