生傷絶えない

2011. . 04
最近気合が抜けているのか、生傷が絶えない。

暑くなりはじめ、寒くなり始めの時期は何かと体調も崩しやすいものですが、私の場合大抵この時期に怪我をします。

節電の夏というのはこちら関西以西ではほとんど関係のない話なのですが、そういった波が押し寄せていることも否めません。大手の自動車メーカーなどは工場の電力消費などの関係から土日操業を批准し、休日は木曜日と金曜日という風に振り替えることになり、イロイロな意味で周辺企業や飲食店もその対応に追われることになります。

無論ながらこういった状況ですから日本国内の流通やライフスタイルの変化も余儀なくされ、それらは社会や個人にストレスが波及してゆくという悪循環を生み出してしまいます。
こういった状況はおおよそ9月末まで続くそうですが、自動車産業界はあらゆる関連企業が絡んでおりますから特に下々の中小企業、商店などに関しましては実質大きな企業の方針にまかれてそれに従う形になることは必至ですし、方針を変えなければ休日を返上しなければいけないような状況に陥ります。

もちろんこういう影響は関東に限らず、日本全国に波及いたします。

節電を大きくアナウンスすればするほど、どうも、後退系といいますか、あまりよい傾向ではないのですが。
実際大げさなくらいに言わなければ個人レベルまで節電を強要することは難しく、脅しや共同意識でしかこういうネガティブな意識を維持し続けることは難しいものです。

正直に考えた時に

原発一基が機能停止しただけで、ここまでの人的、経済的に、恒久的な先の未来と過去を捨て去るか諦めるしかなくなる状況になるのは、国家的にものすごくまずいものを抱えているのではないかと思います。
首相が変わろうが内閣が解散しようが我々の生活はなんら変わりませんが、原発が止まればたちまちだめになる。


もう起こらない、次は大丈夫、電力会社や国の弁は希望的観測のみに終始しますが、万が一起きた時には失ったものを取り戻すのに多大な費用と時間がかかるばかりか、永遠にその土地や歴史や文化を失ってしまうことにもなりかねないわけです。

これは交通事故なんかにも同じことが言えますが、どれほど安全運転をしているドライバーであれどれほど安全装置が充実している車であろうが、事故を起こす可能性はゼロにはなりえません。
それで人身があったときに保障体制は完備しているとはいえ、実質的に失ったものを取り戻すことは出来ないのと同じなのであります。

事故だから仕方がない、では済まないほど関わる人間が多く、関係した団体が力を強くもっている原発に関する問題は、ここにきて方向転換を余儀なくされていると知るべきなのではないかとは思います。
私とて、原発の事故がこれほどまでの影響を及ぼすとは思ってもおりませんでしたし、おそらくその影響値はチェルノブイリの比ではないでしょう。

原発を推進した人物や学者や団体の方々は少しばかり振り返っていただきたいなと思う次第でございます。
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