1969カルマンの憂鬱

2011. . 20
カルマンコンバーチブルの車検です。

P5200112_convert_20110520220710.jpg

私はなぜかカルマンというと69年か68年に縁があり、そのあたりのばかり見ているためどうも、カルマンのイメージは常にこの年式がベースで、妙な気がしますが。

ただ、この1969という年式のカルマンは車検不適ナンバーワンというか、ノーマルだと確実に車検に通らないのであります。

それはなぜかと申しますと。
ごらんのようにカルマンはフロントのウィンカー形状がいわゆる「アポロ」型でして、ああちなみにアポロ型というのは俗称ですアポロ計画の帰還船の形状からそう呼ばれるんでしょうな。お菓子のアポロもそうですね。

他にも呼び名がブレットウィンカーとかいいますが、これは銃弾の弾頭部分の形状からです。

とにかくこのタイプ、主には前面に向けて光を照射する形状で横の部分はあくまでおまけですが、視認性はそれほど悪くもありません。ちなみにオーバル時代のビートルにも同様の形状のものがありましたが、カルマンのものよりも一回り小さい上にフェンダーの端ぎりぎりについています。

1969年といいますと、昭和44年、車検基準がかなり大きく改造された年で年度始めだけでなく年度内にも追加項目があるほど、従来にはなかった(主には)安全基準の拡充が図られており、メーカーはそれに合わせるためにデザイン変更や設計変更も余儀なくされました。

しかしながら、輸入車においては海外のメーカーが「日本の基準など何処吹く風」とばかりに揚々と車作りをするものですから、国内に入る際に日本の基準に合わせる改造を行わなければならないという合法的改造がなされることもしばしば、むろん正規輸入のディーラーはこれを標準としていましたから、いわゆる「ヤナセなんやら」という日本仕様特注部品が存在するのです。

話を戻しまして、前述のフロントウィンカーですが、これは44年規定によると

昭和44年10月以降に製作された車は後方斜め45度からリアウィンカーを除くほかのウィンカー(あるいはサイドマーカー)が視認できなくてはいけない。

ですんで、お持ちの方は試しに見て頂くと判りますが、見事に見えないんですね、カルマンのフロントウィンカーは。(ビートルのフェンダーウィンカーは見えるんですよ)

ではこの69年式のカルマンで、正規輸入のモデルはどうして車検を通していたのだろうか?とおもうところでありましょう?別にサイドにマーカーランプが装着された形跡もありません。サイドマーカーが追加されたのはこの後の1970年式からであり、全体のデザインも同時に大きく(ぶっさいくに)変更されています。

ならば69年のカルマンは44年の9月末日までに製作されたのだろうと、まあ概ねそうだと思います。
じゃあ、車検証を見ればそう書いてあるはず・・・って、あれ?

初年度登録44年としか書いていない。月まで書いていないよ。
他のを見ても製作年44年としか書いていない。

過去に私は実際に、検査場の中心で異議を叫んだのですが、検査官の弁によると古い車種は月が省略されており、この場合は製作月が特定できないため、44年末月日(つまり44年12月31日)の扱いになるとのこと。

おぉ?なんじゃそりゃ、省略したのはそっちの都合やないけ!

なんと合法だったものを、事実を捻じ曲げて非合法にしてしまうというこの官憲横暴ぶり。

なんとなんと、69年のカルマンはオリジナルで走ると「整備不良」として断罪されるのです。

ですんで、我々は車検に通すためだけに無駄な改造を施さなければならず、まさかボディに穴を開けてマーカーを入れるなんてことも出来ないわけですから、取り外しが可能なランプを追加するしかないわけです。
作業としてはかなり屈辱的ですけどね。(本質的に意味を成さない作業ですから)

ま、件の項目が不備で整備不良で切符切られたという話は聞いたことがありませんので、オーナー様はそのあたりご理解のうえであれば、オリジナル性のほうを大事になさるのがよろしいかと思います。


他にもこういったことは車検時に起こるのですが、まあそれはおいおいお話してゆくかと思います。

スポンサーサイト

comment

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する