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秋らしく里山のはなし

2023. . 29
てんちょのあやしいはなし


連日熊報道が絶えませんが、それ以外に報道することないんでしょうか? とも思わないでもありませんが、すくなくとも遠くはなれた紛争なんかより、明日は我が身ともいえるこちらの問題の方が、日本人には深刻です。

今年は食糧不足などから熊が街に降りてくるなどという事態が横行しているようですが、まずいつも通り知識を深めるため、蘊蓄から。

そもそも、野生動物が人里にまで降りてくるに至った経緯は様々な要因がありますが、よく言われるのが、個体数の増殖です。
これは明治時代のニホンオオカミ絶滅後から、天敵がいなくなったことで、今のように害獣動物が増えていったとされる話ですが、これにはもう少し立体的な原因があります。

そもそもニホンオオカミを絶滅に追いやったのは人間です。その時点ではオオカミは人間にとっては家畜を襲う害獣であるからですし、狂犬病といった恐ろしい病を媒介する存在でもあったため、かなり積極的に狩られました。その頃は狩猟免許云々というのもなく、一頭殺せばいくら的な報奨金の制度も合ったので、農家の皆さんなどが頑張った結果です。その結果、めでたく絶滅しました。
この現象は別に日本だけでなく、海外でも人と森が接する環境において同様の状態が生まれました。食物連鎖における高次消費者(肉食獣)はもともと個体数が少ないので、絶滅しやすいのです。
結果、鹿や猪、たぬきや狐、その他小動物などの繁殖を促したことは確かに事実です。

ただ、鹿の個体数が激増するタイミングと、オオカミの絶滅時期には100年近くのタイムラグがあり、日本においてはオオカミの絶滅=鹿の激増、とは簡単には言えません。

よく言われる、個体数が増え、食糧が不足して人里に降りてくるという現象は結果論で、そもそも野生動物は個体数を必要以上には増やしすぎないものです。生息数が増えればその分縄張りも食料も減少するので、結果的に個体数は増えません。個体数が増えるとそれは自らの命脈を細める事の直結するからです。
そういった行動を種の個体間でどのようなコンセンサスをとっている解りませんが、地球上の動物で後先考えずに、アホみたいに増え続けてるのは「人間」くらいだということは、覚えて置いてもいいかと思います。まあ人間は、増えたら殺し合うみたいですけどね。

で、そんな状況下で、害獣の増殖がどうして起きたかというと、文明の発展と共に人間が自然環境から遠のいた、ということです。

文明の発展などというとの山を切り開き、自然環境を破壊するイメージで、野生動物の住処を逐うような印象がありますが、実際は人間が自然環境に食い込んでいるのではなく、(微妙な言い回しですが)人間の文明圏が拡大したに過ぎません。森林と都市部の境界線が拡大すれば、野生動物の生息域も後退するだけなので、野生動物の生態を脅かしたとしても、それは一時的なものに留まります。

表現媒体上では、自然環境保護の観点からこの人類による開発を批判的に描いたりすることが多いのですが、実際日本の国土の七割は森林であり、森林と共生するような都市部外縁の田舎町が、都市の数の分だけあります。すなわち、日本は森林の中に都市を築いていると言っても差し支えないでしょう。

そういったことを背景に野生動物の行動を推察すると、大規模開発などで生息域が侵され、住処が何らかの分断状態になり、やむを得ず人里に降りてくるという状態は結果的にあったとしても、普通野生動物は好んで人里に降りることはなく、極力人から距離を置くものであり、それが互いに山と里に分かれて暮らす、という生活の知恵が働いていた、といってもいいでしょう。無用なトラブルを避けるという意味において、他種族との接触を避けるのは当然かと思います。

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それを生活の中で自然な形で行えていたのが、「里山」という緩衝地帯の存在です。
里山とは文字通り、人の住む里と動物の住む山の間、境界線です。
里山は人が活動できるよう木が切られ、草を刈られ、道が作られ、治水を施されといった整備が為されました。しかし、それはあくまで山での生産活動における利便性をあげるための開発で有り、けしてそこを人の住処として開拓する為ではありません。

そういった名残が車道に類する林道であったり、村落や里同士を繋ぐ歩道(赤道 あかみち)であったり小河の脇の段々の地形であったり、擁壁のような石積み、あるいは斜面にぽっかり空いた洞窟のような炭焼きの釜だったりします。今でも、村落や街からほど近い山に入れば、そこここに里山の名残が見受けられます。
実際、古い航空写真などをみると、明確に里山として機能していたであろう地帯が確認できます。しかし近年の航空写真では、そこが森に没してしまっている。

人が出入りする山岳地帯、すなわち里山は動物にとっても境界線で有り、電柵などという物騒なモノを使わずとも、テリトリーを認識させるには充分機能していたといえます。
江戸時代以降であれば普通に狩猟も行われたでしょうから、鹿や猪にとって里山は危険地帯でもあったはずで、それこそ里山を越えて、里(ムラ)の畑を荒らすなどという行為は命取りとなりました。

また、当時は害獣を防ぐ柵のようなものが設置されていたこともあるでしょうけども、それよりも機能していたのはオオカミが絶滅した後でも、ふつうに存在を許されていた野犬が里山付近を徘徊、あるいは人間と共生していたという事実です。
今では考えられないことでしょうけども、野良犬、野良猫(はまだいますが)など普通にそのあたりにおりましたし、田舎では飼い犬でも放し飼いが珍しくありませんでした。リードをつけて散歩する(しなければいけない)ようになったのはごく最近のことです。


それらの野犬や、半野良、飼い犬、これらは多くの地付きの野生動物が、それこそ熊でさえも嫌うほど厄介な存在で、古来より人類が犬を狩猟のパートナーとしたのはそのためです。基本犬はオオカミの近縁ですから、山犬が野に降り犬となっただけで、本能的にはオオカミの気質そのままです。集団で行動し、自分たちよりも身体の大きな獲物を狩るという習性もふつうにあります。(でも、あなたの家のベッドで眠っているワンちゃんには、もうそんな本能残っていないでしょうけど)

皆さんも承知の通り今日本の全国の村落は、高齢化や少子化により、里そのものが衰退し、里山を維持すること自体が不可能になっています。戦後にむやみに杉や桧を植林をした人工林にしても、結局輸入材の方がコストが安いため、林業として成立しないまま、もはや建材として使うことも出来ない雑木林として放置されているのが現状です。おまけに全国的に花粉症などという公害を生み出す温床になりました。

里山の衰退は村落の衰退を意味し、都市に人口集中、都市部が増殖。その結果、野生動物の生息である生身の森林地域と、人間の生息域である生身の都市が隣接するようになったため、野生動物が降りやすくなった。また従来であれば人を恐れたり、人工的な物体や音を恐れたりした動物たちが、日常的に都市に触れるので、人間の文明や活動に慣れてしまい、恐怖心や警戒感を失う、または人間がいる地域を危険とみなすより、むしろ食料があると認識するようになる。

そういった、「慣れ」が世代を重ねると、人が里山の存在を忘れるのと同じく、野生動物も人や街や文明機械を恐れなくなる。つまり野生動物はそのまま人間の傍にいる環境に慣れてしまします。
オオカミのような決定的な脅威がなくとも、世代で継がれた記憶による「最近みなくなったけどいるかもしれない」といった遺伝子的な警戒感をもつ、というのが普通だったのが、それすら必要がなくなったことで、山の野生動物は安心して繁殖できるようになったのだろうと思います。

昨今ではキャンプブームなどで、キャンプ場でない場所に入り、食事を広げたりすることも増えています。その行為はある意味野生動物の生活圏に踏み入っていることになります。そこで仮に食べ残しをその場に捨てたりすると、それを動物が覚え、「人間は食料を持っている」とみなしてしまいます。最悪は、人間を見かけたら「襲って食料を奪おう」などと考えたりもするので、昨今ではハイカーが「熊よけ鈴」などを持つのは、逆に危険だという指摘もされてます。

もうそろそろ熊も冬眠に入る頃で、キャンプ通の方々はこれからがシーズンだそうですが、私は寒いの嫌いですので行きません。
「もののけ姫」ではありませんが、山の中というのはどちらにしても「かれら」のテリトリーですから、境界線を越えた時点から、(所有者云々ではなく)「入らせてもらっている」という気持ちを忘れてはならないと思いますし、襲われても文句は言えない、と肝に銘じるべきだと思います。











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