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ボウズ

2023. . 13
てんちょのあやしいはなし

客が来ない、または売り上げが全くない、ということを商売人は「ボウズ」といいます。
予測はしてましたが、関西で8月の13日なんかに店開けててもボウズは当たり前、飲食店やサービス業ならいざ知らず、こんな日にわざわざ修理に持ってくるような人もいない。

まあでも、私的には作業があるので、仕舞いがよいところまでやっておきたかったので、丁度よいかなといったところ。

しかし、本家のボウズである坊さんは、この時期各檀家を奔走して、一年でもっとも忙しい日々を過ごしています。

で、もう一つのボウズである、高校野球球児の頭問題です。

毎年批判みたいな事ありますけど、今回は髪型自由の慶応野球部がやり玉に。坊主じゃないのが気に入らない人達がオラオラいっている。高校野球球児とは坊主であるものだ、となんとなく高校野球ファンはそのようにみているし、興味のない人もそういうものだろうと思っていたはず。それが、短髪ながらも、今時の若者らしくきっちりと髪型を整えた慶応の野球部員がテレビに映ると、否が応でも注目された。

なんで坊主にするのかは、短髪だとチャラい感じがするし、野球一直線に打ち込んでいない感がする。また、髪型に気をとられてプレーに集中できない、色恋沙汰に絡め取られてクラブに本腰を入れなくなる、皆が同じであることが団結力を強め、仲間意識が芽生える。とか、まあこのような人権無視な事が理由のようです。

たしかに、たかが髪型であろうがその側面はある。
勉学やスポーツで発散しようにも堪えきれないリビドーは、ちょっとしたきっかけで、健康優良な学生諸君を痴情の奈落に陥れてしまうものなのです。

ただ、時代として、丸刈りを強要する学校の割合というのは、もはや30%を切るほどで、その背景には、高校で野球部になると丸刈りにしなきゃいけないから、野球をやめる、という者も一定数居るといい、部員獲得のためにこれまでの方針を変えるという学校も多くなった。もっとも特定のスポーツをする上での暗黙のルールという意味での容姿の強要というのは、ある程度あっても仕方がない部分はある。実際に丸坊主が高校球児に不評かというとあながちそうとも言えず、髪型自由の学校でも、いざ勝負となると頭を丸めて気合いを入れる、といった勝負師魂の片鱗を見せたりするそうで、そこには「高校球児らしく」というバイアスが影響している。

ま、どこかで球児も短髪なんてチャラい、あんな奴らに負けるか、みたいな思いがあるのだろうなと思う。なんなら「彼女なんて要らない、今は野球が俺の恋人」なんて言い切ってしまう侠気もある。

そんな感じで自他共に、丸刈り=高校野球、みたいな図式はあるのだけど、面倒なのは「高校生は~でなければならない」などとデカい声でいう輩。
べつにこれ、高校生の部分が、「子供」とか「女」とかもしくは「男」とか色んなバージョンがあるのですが、なんでお前に言われなきゃいかんのだと。
そもそも、高校野球の球児が勝とうが負けようがどっちでもいいし、なんなら酒のつまみくらいになれば良いと思っている。だから「俺が思うとおりに俺の期待するような感動的なプレーをお前らは人形のようにただ淡々とやれば良いんだ」と。

ま、私もどこが勝ってもいいと思っているし、野球の質に関してどうだっていい。プロ野球になったらさらに興味の欠片もなくなる。どちらかというと高校野球を酒のつまみにするような大人側なのですが、さすがに丸坊主でないとダメだとかはいわない。

むしろ長髪とか金髪リーゼントの高校球児とか出てきて欲しい。それがめっちゃ強かったらカッコイイ。チャラいのに野球うまかったらカッコイイやん。
それに、女子部員とか入ってたらおもろい。普通にレギュラーで女子がいるとか。そいつがすんげぇスラッガーとか。

一昔前、埼玉の滑川総合の馬場選手という、バットパフォーマンスが巧みな選手がいた。これ、今でも動画サイトなんかでガンガン流れてるので知っている人も多いと思う。残念ながら全国大会には行けなかったのだけど、おそらく色モノ高校球児としては後にも先にも全国トップクラスだと思います。

野球って、選手一人一人の活躍する細切れのシーンが、一つになって試合が成り立っている。
団体競技なんだけど、一対一なんですよ。だから選手が個性的だと目立つし、ドラマが生まれやすい。昔からあるけど野球漫画とかやっぱり面白いなって思います。

別にパフォーマンスをしろというわけではないのだけど、高校球児はあまりに純粋に野球に打ち込みすぎている、と思います。どっかのアメフト部みたいに大麻を吸えとかそういうのではなく、多少ハメ外しても良いし、エンターテナーであってもいいと思うんですよ。

若いアスリートってのはいつでも、大人のいい道具にされて、金儲けの手段に使われる。
大人の思うようにばかりにはならんぞ、って声を上げられるような若者がもっといてもいい。
だからといって、大人側がふざけさせたら台無しになる。

高校生が自発的に、自分の力でそこまでやってきたんだから、国民の税金で贅沢三昧の政治家でもないんだから、もっと自由に、多様的にあってもいいと思う。何も高校球児全員がプロ野球選手予備軍じゃないんだから、とはおもうけど。

ここまで書いてきて自分の中にも高校野球がこうであって欲しいという思いはあるよなぁ、とやっている本人達をガン無視している自分がいることに気づかされます。

ある意味高校球児達にとっては、甲子園は聖域で有り、童貞守って頭を刈って身を清め、神事に参加してる、って気持ちに近いのかもしれない。負けて土持って帰るとかもはや宗教だからな。
一周回って、そんな伝統が残るイベントがこんな時代に残っていても良いのかも、なんて。

いずれにしても当事者でないオッサンが偉そうに語ることではないよね。




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