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8月なので戦争と平和の話

2022. . 10
てんちょのあやしいはなし

皆さんもご存じのように、世界で唯一の被爆国は日本です。原爆二発に、原発一基をメルトダウンさせるというコンボかました、最悪の被爆国家です。

昨今日本がアメリカと戦争していたことすら知らない若者がいる、けしからん! 等と嘯く者も居ますが、その若者はインタビューの時に、単にボケかましたんじゃないでしょうかねぇ。いくらなんでも日本に生まれて、義務教育受けてきて太平洋戦争知らないってのはいいすぎかと思います。
だいたい、けしからんとか言うおじさんって、そういう若者がいるって情報知ったのは、どうせテレビでしょ。

アメリカ流に原爆落とした理由を言うと、これ以上陸上戦したくなかった。兵が損耗するのが嫌だった。だから降伏してくれというつもりで、原爆落とした。一回じゃ聞かなかったので二発目も落とした。当たり前だけど原爆はじめて人が住んでるところに落とすから、どれくらい効果あるのか知りたかったので、殆ど空襲受けてないヒロシマとナガサキにしました。まあ、概ね人体実験だったんですけどね。
もちろんそれでも聞かなきゃ、東京に落とすつもりだったんですけど「おいおい、そうなりゃ我々は誰と講和を結ぶんだい? HAHAHA」なんて軽口が漏れるほど、原爆投下時、投下地における人命にはなんの顧慮もなかったことが窺えます。

今年にはいってから、ロシアとウクライナの悶着が本格化して、一戦交える事態になったとき、その後の流れもご存じのように、泥沼の様相で大方の予想の通り一般の市民、それも立場の弱い老人や子供や女性が多く犠牲になって、多くの若者が双方の陣営で命を散らしました。
戦争とはいつ何時でも同じ事が繰り返されます。

そんな戦争を鼻息荒くして舵取りしてるのはいつも、当事国の狂った為政者ですが、加えて何の責任感もなく、ひたすら尻尾を振りながら応援しているのが我が国のポチ日本政府です。
民主主義の守護を錦の御旗に、なぜかスタンディングオベーションして、ウクライナを支援しました。

日本は「戦争そのもの」を全面的に拒否し、非難する根拠があります。いや、それは権利といってもいいし、義務といってもいいでしょう。あれだけやって、あれだけやられたのですから。そして軍を持たないまでも、武力を維持し、経済的にも国を独力で守れるほど復興、発展し、世界に影響を促すことが出来る国になった。

ある意味、日本は一度持った武器を捨てることが出来る国になれたのです。
そういうこと、学校じゃ教えません。大事なことなのに。

ウクライナ情勢と共に勃興したのが、台湾危機ですが、一見無関係な中国が台湾を攻めるというシナリオが顕在化したのは、ロシアがああやって攻めるなら中国だってやるよね、というお話しから。

それでも台湾や日本も、中国とは経済のやりとりも続いていて、別に仲が悪いわけでもないんですよ。切り離せないだけ、ともいいますけど、だったら尚更、平和的に解決の糸口を見出そうとはしないのは不思議です。なんで中国もロシアも武力行使前提で、後ろ盾しようとするアメリカもそういう姿勢なのでしょうかね? まるで戦争したくて仕方がないみたいじゃないですか。

そういう中で、日本人の中にも自衛隊を国軍化して、ちゃんと戦争できる国にしよう、って、軍事力を拡大に諸手を挙げて賛同する流れがある。これはウクライナの時でも、相手国のロシアに対して撃てや殺せやと騒いでいた連中と同じだろうか。どうも戦争をしたいという気持ちを持つ者が、この平和な日本にも多数いるようです。

私がとても悲しいなって思うのは、人が死んだりすることではなくて、過去の大戦における不幸の上に我々は明らかに平和と幸福を築いたのに、それをまた、不幸で上書きしようとしていることです。

結局、戦後77年も経ったのに、何にも変わらなかった。

そのことが何より悲しい。そして虚しい。
もうどれほど平和を唱えても、幸福を望んでも、この世を統べているのが人である限り無意味なのではないかと、そう思ってしまう。

かつてノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランが、世界のその虚しさを唄ったところで、結局誰も聴いてなかったのでしょう。

だからこれからも、誰の言葉もやはり、すぐに忘れ去られてゆくのだろうな、と。
その時は感銘を受けて、決意を新たにするかも知れないけれども。

人間が初志を貫徹できるような生き物なら、ダイエットは100%成功している。いや、そもそも肥満という概念すらないでしょう。

言い続けたら変わるか、想い続けたら変わるか。
それとも、何もしなくても結局、人は欲望のままに生きて、いずれなりあるべき姿に収まったのか。

世界で最も信者の多いイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の聖地があるイスラエル。
万年火が絶えないホットで迷惑な、不思議なことに人殺しのための兵器がいつでも潤沢にある国。
私が宗教や民族主義を嫌う理由のひとつが、多くの宗教や民族(を理由にした)由来の戦争が国を滅ぼし民を惑わせ、殺傷し、不幸を積み重ねているからです。宗教を楯に、他民族や国家に干渉、介入し、武力的に侵攻した例も枚挙に暇がありませんし、実際に異教の類は弾圧し虐殺に至った。しかも何の罪の意識もなく。

毎日お祈りを欠かさない宗教者が銃を持って争っている時点で、私はそんな宗教はエセ宗教であり、邪教だとしか思えません。
ほぼ(自覚的に)無宗教の日本人が銃をとりたがらないのにです。それは日本人が、教義や定義によってではなく本能的に平和がどういう状態かを知っているからです。

有史以来、世界の中で、平和であった時代、国家、民族、人々、そんなに数多くはありません。

その中で、おそらく日本という国は、かなり長い間、平和を維持できた国です。

それだけは忘れてはならないと思います。
平和のことは日本人がちゃんと覚えておかないといけません。
少なくとも、それは日本人に課された使命だと、私は思います。






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