fc2ブログ

多様性

2022. . 03
今日はさすがに熱中症になるかと思った。軽くなっているのかも知れないけど、みんなよくこの温度でマスクできるよなぁ、って思います。やっぱり日頃からしているから鍛え方が違いますね。
私のようにできるだけマスクしないで過ごそうなどという軟弱者は、この暑さですぐに参ってしまいます。

夏場の空冷ワーゲンは、ちょっと、やっぱり、危ないように思えてきた2022年。

IMG_5812.jpg

たぶんね、日本って体感的には世界一暑いと思います。他の国知らないから断定できませんけど、おそらく40年代にドイツで設計された空冷ワーゲンは外気温の設定に、現代の日本の温度湿度は考慮していなかったんじゃないだろうかと思います。

ま、それでも元気に走るのだから大した物だと思いますが。

ただ、程度ものというのは何でもいえることですが、余所様と比べなければなんだって意外と出来るもんだな、という気はします。
私は「多様性を認める」って言葉、嫌いなんですよ。

多様性を認めるって、「一様」でないものも認めるって意味でしょう。つまり一般的でないものも認めましょうって話です。結局は多数派の一方通行な上から目線なんですよ。
でもね、多数派とか一般論とか、常識的とか無難とか、そりゃあ文化や文明があるんですから一定の基準はあると思うんです。ないとおかしいですし。

だけど、多様性を認めましょうってのは、「一様性」の人達が口に出していい言葉なのかなぁ、と思います。だって一様性の人は、多様性の価値を知らないから一様側にいたわけじゃないですか。そういう人達に「あなた達は多様性があって、個性的で、とても魅力的ですね」なんて死んでもいわれたくない。

ま、そういうひねくれてるところが、多様性人種のダメなところなのですけど。

私は別に、多様性なんて認めてもらえなくても良いと思う。解らなければ解らないままでいいと思うし、多分わからないしわかり合えないと思います。

別に突っ張って、そういうことを言っているのではなく、

人というものは実は多様性の集合体なのに、似たような感じの人々が集まっているのが多数派で一般性が高い母数集団であると信じてしまいがちです。ですから、それらの形作る常識が常軌とするから、正義という勘違いが発生しているということに、いつまでも気づきません。

自分と同僚、もしくは私と隣の奥さんは同じ母数集団の中にいるのに、なんでこんなに温度差があるのか、もしくは格差があるのか、精神的成熟度が違うのか、という憤りに見舞われ、日々ストレスに苛まれるわけですが、人と人とは所詮は他人で別の個体だからです。それは親子であっても家族であっても他人です。利害が一致する間柄だから、仲間意識が芽生えているだけです。

多様性を認めましょうという運動は、一様性の方々が私達のような多様性(変人)の事を認めるムーブメントではなく、自分たちの中にある多様性に気づき、認め合い、諦めましょうという意味なのです。一様性などないのだよ、本当にあなたを手放しで理解してくれる人などこの世にはいないのですよ、ということに気づくことです。

自分のことを理解してもらうには、理解してもらえるように頑張らないと無理です。理解してもらえないと嘆くくらいなら、理解されなくても構わないと突っぱねる根性を付けるほうがよいです。
利害が発生すればいずれ、自ずと相互理解の門は開きます。必要のない人間関係は最初から構築されません。

そういうこと、一つづつ解決できたら良いと思うんですよ。

私は、皆さんが自分の中の「変態性に気付く一助が出来るなら」と思って日々この仕事をしています。頑張って楽しく生きましょう!






スポンサーサイト



comment

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://chelm.blog37.fc2.com/tb.php/1793-d8c1cadb