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文章って大事だよ

2022. . 13
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メールというものが一般的になって、文章で意志を伝えるということが、重視されるようになったのが2000年以降のこと。日本で携帯メールが生まれたのは1999年。一般の人々が気軽に文字によるコミュニケーションをはじめたのはポケベルでしたが、それよりも浸透率が高く今も標準機能として実装されているのが携帯メール。

とはいえ、いまではキャリアメールだとか言われていますが、SNSのアプリが登場してからはもっぱらSM(ショートメール)がその位置に落ち着いているといいましょうか、私的なコミュニケーションの手段として、キャリアメールは使用されることが殆どなくなったといっていいでしょう。

ですが、仕事や公的に関係するもの、例えば企業やメーカーへの問い合わせの際などは、メールを使用するかと思います。
文章で意志を伝えるというのはいわば国語力なのですが、自分が何を訊きたいのかを伝えることはもちろんですが、相手が何を訊きたくて問い合わせているのか、ということを見抜く洞察力と理解力はむしろ読み手側に要求されます。

ですが、しばしばこちらからの問い合わせに対し、返してきた側の文章がまるで理解できないことはあります。一度でわからないからメールを二往復も三往復もしなくてはいけない。ものすごく徒労感を覚えます。
文章が明快でなく、結局何が言いたいのかよくわからないのです。

それはおそらくこちらの質問の意図が解っていないか、自分が問われている内容に対して答える自信がないか、何らかの理由(面倒くさいなど)で保身にまわっている場合かと思われ、えてして本質に言及しないで曖昧な言い回しをします。

こちら側としては、欲しい答えや、手がかりを得ることも出来ず、それどころか問い合わせの結果が結局どちらなのかよくわからない、といった事があります。
質問に応えた担当者が商品を認識していないだけなのか、本当にその商品が存在しないのか、わからないのです。

わからない、しらないなら、解らないとはっきり言ってくれればいいのに。

文章というのはニュアンス(調子、感情、雰囲気)が乗らないから、口語と同じ様に書いたとしても、冷たく感じることはあるかと思います。SNSでのコミュニケーションなら絵文字や顔文字、(笑)などを利用して補完することも出来ますが、公式なメールではそうはいきません。

ですから、私達は元々から文語と口語というのは無意識に分けていたはずなのです。
冷たく感じるのも自然に看過していたはずなんですよ。
それがごっちゃになってしまったのは、メールという文章の羅列がコミュニケーションの手段として使われるようになったからだと思います。
どうにもね、変な時代になったなぁとは思います。




まあ、別に国語が崩壊しているとか、文章がなっていないとかそういう話をしたい訳ではなく、変な言い回しが増えたなぁ、とか変な文章がふえたなぁ、と感じるわけで、それによって要らぬ労力が増えることは好ましいとは言えないのですが、言葉は生き物と言われるように、常に流転してゆくものですから、日々これに対応してゆくことは現代人としての責務であるとも言えるのではないかと思うのですが、だからといって私の文章が良いとか悪いとかそういうことを言いたいわけではないということが、少しでも伝わればこちら側としては幸いです。








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