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2021年最後のぼやき

2021. . 29
新年明けましておめでとうございます。本年もヘルムともに、当ブログをよろしくお願い致します。さて、最初にお詫び申し上げたい。
毎年、末末の30日か31日に更新する一年の総決算とでも言うべき「年末ぼやき」ですが、FC2のログイン認証仕様がクソ過ぎて、あわやブログが消滅するかという危機に陥り、今の今まで触れなかったという。

なので年は明けてしまいましたが、せっかくなので、年末書きかけていた分をば。

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なんとなく一昨年の、恒例年末ぼやきを読んでみたのだけど、素晴らしいこと書いているな、と。
自分が書いたようには思えないというのが正直な感想で、書いていた内容なんてすっかり忘れてました。

まあ、一事が万事、人間などそんなものだと言ってしまえばそれまでですが、何度か同じ事をいっているうちに身になるというか、嘘も百回言えば真実になるっていうのと同じだと思いますから、皆さんも素敵な言葉は揚々と口に出す方がよろしいかと思います。

そんなわけで2021年最後のぼやきですが、さて振り返ってみれば、あっという間の一年でした。
今年はなんでしょう、そうそうワクチン接種ですねぇ。
「ワクチン打った?」が挨拶代わりとなるほどに、ワクチン打つことが当たり前の日常であった一年でした。それについて様々な異論反論拒絶反駁と、まあ~ありましたありました。私も色々書きましたけど、ワクチン脅威論は主な検索エンジンでは、閲覧できなくなるという検閲まで入りましたから、そのあたりで、もう人類の未来なんて、どうでもいいやって気にはなりましたね。

私は元々厭世的ではありましたけど、自分は自分なりに生きてゆけばいいし、みんなもそれぞれに生きてゆけばいいんじゃないかなって、そう思います。当たり前のことなんですけど、人の生き方も考え方も変える事なんて出来ないので、生まれたときからそのように生きるようにセッティングされているのだから、せいぜいそんな自分を楽しんで生きることが肝要なのではと。

だからワクチン打ってない人や打てない人を狙い撃ちして、あたかもテロリストのような扱いをするのは何様のつもりかと思います。そもそも、ワクチン打っても感染するのだから(というのは世界が証明しているでしょうが)感染を広げているのはワクチン未接種者ではないです。
また「ワクチンに予防効果も確認されつつある」的な記事を見たこともありますが、それどうやってデータとってるんですか、ってな話。

株も変われば、地域、人種、性別、年齢、環境、その他諸々条件が刻々と変わる中、こんな短期間で、そんなデータとれるかよって。いや、とれるのかも知れませんけど、製薬会社にとって都合のいい言い分なので私は信用してませんし、じゃあなんで今世界では感染爆発してるんですか? って話です。
そもそも、ことあるごとに引き合いに出される“接種証明”って何を担保してるのかさっぱりわかりません。“善良で、従順な国民証明”でしょうか。

ま、現時点でもそういうこと言ってる私の事は推して知るべし。無論コロナに罹るとどのくらいしんどくて死にかけになるか、もしくは死ぬって事は訊いて知っていますけど、後遺症ってのも殆ど治ってるみたいですね。

この一年、コロナに端を発したお家時間が長く、他にやることがないせいでストレス、あるいは内在的な鬱憤を晴らす機会がなく、世間全体がイライラしているようには思えました。
そのせいか、最近誰も彼もが他者を排撃することが多くなったようには思います。社会にとって不必要、あるいは不要、不都合、迷惑、はもちろん、身勝手さや無自覚、無知、無神経さに対しても。もしくは高慢や自慢、侮蔑や睥睨といった、ある者が他者に対して向ける嘲りに類する行為に対しても、批判炎上します。

いわゆるタレントなどという立場の者は、普段からよほど言葉に気を付けなければいけないのですが、今はあげ足をとるどころか、あげてもいない足をつかんで転ばせる様な行為が横行しているようには思います。
無論タレントも皆が皆利発なわけではなく、正直アホもいるのでその点は大目に見てやってはどうかと思いますが、一般人も自由に発信できるからといって、タレント自身が思わず「自分のアホさを証明するような発言」をしてしまうのは、いささか職業倫理観が乏しいといわざるを得ません。

とはいえ、タレントとて一人の人間で、タレントに対しては何を言っても構わないということではありませんし、どんな罵声を浴びせてもいい訳ではありません。そして加速度的にあらゆる分野に波及してゆくハラスメント課題は、着地点が見えない有様で、一体誰がどのように収拾を付けるつもりなのかと思う次第です。

そもそも人類が未だ平和を見いだせずにいるのは論外ですが、なにより他者承認をもっとも不得意としている時点で、「ハラスメント」を論じるのは一旦やめにした方が良いのでは、と。まあ、そんな段階に至っていない、と私は思います。
ハラスメントというのは倫理観の欠如から起こるものですが、その倫理観は人同士である以上、ある程度の域までは話し合いで理解、共有可能なことが多いです。その話し合いが為されないまま、あるいは人間関係が崩壊した状態で、ハラスメント告発をしたとて、単なるリンチ状態にしかならないことは明々白々。しかし、それで世の中はまわってしまっているし、人格否定から人生崩壊までの一部始終をショー化し放映しまくるマスコミのせいで、一人の人間の人生が台無しになる。

無論自ら台無しになりにゆくような、迂闊な人がいることはいうまでもありませんが、今のように一般人でいても、いつ自分が魔女裁判にかけられるかビクビクしながら過ごす毎日が健全とは思いません。

そういうハラスメントの一部で、見た目に関する話。
割と旧い言葉なんですが、あまり一般的にはなっていない“ルッキズム”という言葉があります。
昨年一杯はそのような案件が多かったせいか、ちらほらと聞かれるようにもなりましたし「見た目いじり」「容姿いじり」なんて言葉も飛び交いました。

そのせいで、特にお笑いの分野では見た目をネタにするのは良くない的な、従来のネタを完全否定する流れが出来てしまいました。また同時に、人が嫌がる姿、痛がる姿を笑いにするような番組も自粛(というか廃止)の方向に向けられています。
これらの流れは一方では「イジメの抑制」には随分と貢献すると思います。ただ、芸人やタレントらのそれらを観て笑っていた、一般の人々の冷酷な感情が何処にゆくのか、何に転嫁されるのか、と考えると恐ろしくも感じます。

ルッキズムとは、「見た目至上主義」と訳されることが多いようで、以下面倒なので例によりwiki
より抜粋

ルッキズム[1]Lookism)とは、「Looks(外見・容姿)+ism(主義)」から産まれた外見至上主義を意味する[2]。高身長(男性)、痩せた体型、脱毛していること、肌荒れが無いこと、二重まぶたであることが好まれ、「容姿の良い者を高く評価する」「容姿が魅力的でないと判断した人々を雑に扱うこと」を指す。イケメンや可愛い人を優遇したり、顔採用なども行われている[3][4][5][6]。外見至上主義は批判されるが、現実には研究によると、外見が仕事や学業への評価を左右すると示されている。欧州経営大学院の教授らの論文(2020年)によれば、「非常に魅力的」な外見の人は「平均的」な人より収入が2割高く、昇進のチャンスも多い。別の論文では、外見が魅力的な人が書いた学術論文はそうではない人の論文よりも高く評価される傾向があった[5]

要するにこの世の中は、ある程度社会が用意した共通認識の雛形に、個人がどれだけ則しているかが、容姿の可否を決めているとも言えます。ですが、このルッキズムを否定するということは、「彼女は太っている、と言う」ことを否定するのみならず、「彼女は美人だ、と言うこと」もまた否定される、いわば多様性の容認という部分に繋がってゆくことになります。

ですから、今非常に注目されており、そういった流れが加速していっているといえます。

たしかに生まれた時点の遺伝子で差別されたのでは、たまったものではないのですが、残念ながらテレビドラマや映画にしても容姿端麗な俳優が主役を張るのはほぼ当たり前であり、化粧品のCMもまた同じく、ファッション誌、アイドルグループ、出来ることなら結婚相手にもひとまず標準以上の美が備わっていれば、自身が評価するに値すると考えるのは仕方がないと思います。

ルッキズムはある程度時代により変化はしますが、人が美しいモノを求める以上消しされない感情だと思いますし、その対極にある醜きモノを平等に愛せというのは無理のある話だと思います。
無論美醜から生まれる悲劇に、枚挙の暇もないことは歴史が証明しています。

大昔に大ヒットした文学作品で「愛と死を見つめて」(1964年)という悲恋物語があり、これは映画やドラマにもなっているのでとても有名ですが、いわば「死に別れストーリー」の金字塔で、当時恋愛ドラマではそういった終焉は珍しく、多くの人の感動を誘ったそうで、実際に書籍は当時で160万部という快挙を成し遂げました。
また、この作品がことさら注目されたのは、著者の実体験に基づいたものであったこと、そして、ヒロインは美しく死んでゆくのではなく、軟骨肉腫という難病のため、末期は顔の半分を失ってしまうという、女性としての悲劇を描いた部分でしょうか。
愛する人が心身共に大変ショックな状態であり、それにもかかわらず愛を貫く主人公の彼、自身の境遇を嘆きながらも、周囲の人に優しく出来る彼女の異性間の強靱な愛の結びつきと、人間としての愛情が物語の終焉に収斂されてゆくという、今風にいえば純愛、世界系というか、いわゆる近年の大ヒット「世界の中心で愛を叫ぶ」の原型とも言われる作品です。

女性が顔を失う、という非日常性が作品の悲恋感を後押ししていることは間違いありませんし、当時の主人公の彼女を演じたのは、若かりし頃の吉永小百合であり、その美しい顔が崩れる様を相対的に想像して、人々は胸の内で悲劇感を増幅させたことだと思います。
それは、ルッキズム(という言葉は、この時点では生まれていないはずですが)が機能していたということです。

逆に言いますと、見た目を利用した笑いをとるな、ということであれば、見た目で意図的に悲壮感を誘うのもまたNGであるということになります。
これは男女の関係性でも言えることですが、男は男で男の生き方があり、女は女で女の生き方があるからこそ、男と女の間で激しく共感し、あるいは激しく拒否することを経て、理解を得て互いに最小公倍数か最大公約数たる、“愛”みたいな何かを感じ取ってゆくプロセスが物語として成立するのであり、平坦な人間関係や、多様性過ぎる世の中からは何も生まれてこないと思います。

これは体温の差や、気温の差があるからこそ、冷たい寒いと感じるのと同じ事だと思います。
それを、どちらも常温であり、「どちらの方が心地よいか?」を論じてはいけない、ような世の中にはなって欲しくはないと思います。

無論私のような綺麗事を言っていたら、いつまで経っても容姿の美醜で差別がなくならないし、イジメもなくならない、とおっしゃるかも知れません。

しかしそれは違うと思うのですよ。

我々の古い時代の頃をお話しすると、人を揶揄して笑ったり、暴力的、性的に不道徳、教育的に不適当な事実や番組というのは「保護者として子供に観せるべきではない」と、多くの親がそのように考えていました。それは成長過程の何でも吸収してしまう時期に、悪い大人の見本を見たり、テレビの番組の演出に触れたり、タレントや芸人の言動を観聴きすることで、それらを真似、そのままトレースしたりすることで周囲に与える深刻な問題に、あるいは事件、事故となることを恐れたためです。

それでもそういった、きわどい番組とは、返せば人気番組であり、大人も子供も観て笑っていたのは事実です。何より番組を作っていたのは大の大人なのですから。
だがあくまで、親は子に「これはあくまでテレビの中でのお話であり、嘘なのである」と「だから真似をしてはいけないし、彼らは特殊な芸を身につけた人間である」と、そのように諭さねばならなかった。ですがマスメディアの進化により、演出が次々とアップデートされ、真実と虚構の境界線をあえて曖昧にするような手法がとられてゆく。
それは全て番組を面白くさせる演出と考えてのことだとは思いますが、私からしてみれば、もはや巧みすぎるとおもいます。いい画作りが出来ているとおもいます。

そして報道番組の顔をしたバラエティ番組(もちろん報道番組ですらあやしいのですけど)でも、同じような演出がまかり通ってしまっています。それは事件をより事件たらしめるため、また出演者の存在肯定のため、限りなく嘘に近い誇張はスルーされています。そして真実に繋がる大切な部分には言及しない。なぜなら誇張のトリックがバレるからです。

テレビを観るな、とは言いませんが、こんな時代です、大の大人も一緒になってバカみたいに笑っているようでは少し危ないだろうという気はします。自分が何から情報を得て、何に欺されて何に操作されているのか、疑ってかかりながら、自身の脇でソファに座って笑って観ている子供のことを、心配せねばならないのではないかと思います。

もちろんテレビだけが悪いわけでもなく、雑誌の記事や情報、ネットの動画や情報もまた大手のマスメディアの影響を受けずに成就できるわけはありませんから、やはり基本的にはネットだから信用できるなどというのは戯れ事に変わりありません。

今という時代はあまりに、世の真理と理を見ず、法と決めごとに執心して、自身らの思考を望んで失っていつているように思えます。本当に智恵も勇気も努力も必要なく、頭も身体も使わなくても生きてゆける、サスティナブルな世界になっていっているのだなと、そう思います。

新年早々に説教臭い話になりましたが、昨年中は本当に、テレビは嘘ばかりを言う箱だな、と痛感した次第、昨年の漢字一文字は「金」でしたが、私には五輪の金(きん)や金字塔の金(きん)や給付金の金(きん)より、残念ながら「金儲け」の金(かね)にしか見えませんでした。

私は昨年全然儲かってませんけどね。

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毎年必死で、夜中に干支イラストひり出して、描いてます。
もうね、頑張ってるんですよ。
でもね、これですよ

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2002になっとるぅ~!














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