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電話の向こうのあなたに

2021. . 26
てんちょのあやしいはなし

最近電話の向こう側は女性な事が多い。別に嬉しいわけではありません。

それだけ女性が社会進出しているということでもあるのだろうか。

等と書いている時点で、我ながら前時代的な人間性だなとは思う。
今時、仕事のことで、男とか女とか、若いとか老いてるとか、そういうことに言及してはいけない事は重々承知なのだけど、仕事の程度如何でどうしてもバイアスをかけてしまうことがあります。
さあみなさん、ここまで読んだだけでも、私が女性蔑視者だと断定したくてうずうずでしょう。

別に私は、相手が女だからといって横柄にでたり、イヤラシイ口調で舐め回したり、ママンな甘え上手になったりはしません。あくまで理路整然と要件のみを的確に伝えて、よろしくお願いしますと、街の車屋らしく、慇懃になりすぎないよう心がけているつもりです。

ところがところが、相手さんがあまりに「足らない」となると、叱責のひとつもしてみたくなるくらいには、お節介な大人心を持ち合わせています。

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営業電話なんかでも、電話口でのマナーがなっていないと、あやしい会社だと思われてしまいがちです。
この前かかってきたのは、NTTだったんですけど、テレアポのお姉ちゃんの語りからして「どうせまた、例のNTT騙りだろう」と高をくくっていました。ですが、どうやら話を聴いてると本物のNTT直下の部署だという。「皆様にNTTのサービスに対してのご意見やご不満をお聞きしています」と――もちろんこの後に営業があるのですが。

それにしては、社員かバイトか知らんが、お粗末な奴を雇っているな、と。
まず、まともに敬語が使えない。丁寧語もあやしい。文法もなってない。語彙力が乏しすぎる。自分の携わっている仕事への知識がなさ過ぎる。何を教えられてその電話口に就いているのか。

あまりに、あまりにひどいので、
「ねえ、おねえちゃん。あなたの上司に代わってくれるかな?」と。
「へっ!?」
「うん~、いいから代わってくれるかなぁ~? 保留にしても待っててあげるから」
そうして代わるまで数分。上席の男性社員は女性スタッフではわからないことを答えるための要員でもあるらしい。だから、
「どういったご質問でしょうか……」と。
「あのね……」
そこから数十分間説教です。
私は他人様に説教するほどエラくもなんともないですけど、そんな私が説教してもいいよね、答えは聞いてない、と言わせんがごとき、御社の社員教育がなってないので、もうそれは仕方のないことだと諦めていただきたい。

私は、営業の電話をかけてくるなといっているのではありません。
つまらない、不快な思いをさせるような電話なら、かけてくるなと言っているのであり、楽しく心が豊かになるような会話が出来るなら、営業さんだろうと詐欺師だろうと、電話でお話しするのはやぶさかではない。

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最近の若者がー、とか言いたいわけではないのだが、敬語や丁寧語というのは使わないと覚えられない。つまるところ、そういったシーンに現実でぶち当たらなくてはいけないのだけど、携帯電話が普及してからこっち、極端に相手の家族などと会話する機会が減った、メールやラインなどで用件を済ませるため口語での表現域が育たない、という事はあるだろうと思う。
時代の流れが確実に、礼節や言葉や文化を破壊していっているように思います。

そのような古くさいイデオロギーにこだわっていると、きまって左派リベラル共が、多様性を認め、格差を無くそうと声高に攻めてくる。
いうは耳障りも口当たりもいい結構な文言ではあろうが、私が思うに、それを口に出来るのは、多様性の意味や格差の意味を重々承知し、現実に依然それらがあることを受け止め、実感でき、問題視し普遍化しうる者だけであり、自身の日常に転がる些細な格差や差別などから感じ取って不快だったので、多様性と格差、差別がない世界を目指します、今の世界は歪んでいます、などと簡単に口にするなと言いたい。

はっきり言って差別も格差もある。必要な場合もある。多様性を認めてはいけないシーンもある。そのすりあわせが出来ないまま、いつだってコトバだけが先回りしてストップ映画泥棒である。

仮に文言通りに差別をなくし多様性を認める、を地で行ったら、明らかに男性の姿をしているのに「心は女ですっ!」といって女湯に入る事を看過しかねないのであり、そんな世界がまともかどうか、よくよく考えてみれば解ろうものです。

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数日後、お客さんの自動車事故の話で、大手保険会社とやりとりするシーンがあったのだけど、話したのがそこの(おそらく若い)女性社員なのだが、(重ねて言うが、別に最近の若者に限ったことではないのだが)これが何週間も経っているのに一向に連絡を寄越さない。どういうことなのか、どうなっているのか、とこちらから電話をしました。

ミスを指摘すると「自分は悪くない、こうこうこういった理由があって、それで出来なかったのだ、だから私にあるのは最低限この部分のミスだけである、遅くなったことはすみません」と、そのような言い方をするのです。

責任を矮小化したいのはわかる。誰だってそうなのだから、それについては何も言わん。アホとかボケとか死ねとか、私はそういう無駄な事は言わん。だけれども、そこまで状況把握が出来ているのに、なぜ今この事態になるまでに軌道修正や、危機の管理が出来なかったのかその部分を見直さなければいけないのではないかと問いつめる。

なのにこの説明がわからない。
説教されている意味が解らないから、その後に、こちらが要求していることの意味も解らない。
理解を求めても、そういう人間は必ず、オウム返しで返答してくる。
なぜならこちらが言っていることが理解できないから、否定も肯定も下手に出来ない、してはいけない、と「かんがえて」いるから。そしてこの難解な話を終わらせようと画策してくる。

何も私はそいつを貶め懲らしめてやろうなんて魂胆はないのに。

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私はそうやって責めたてられたら、逃げに走る女性就業者をたくさん観てきました(というか電話で話してきました)もしくは相当強く言われないと動かないひとも。もちろん全てではありません。しかし男性にはそういう人はほとんどいません。ゼロといってもいいです。
だから、電話口の女性に対しては偏見があります。自動的に格下に観ています。
無論、その話しぶりや、論理展開の仕方によってはいくらでも見方を是正しますし、こちらが平伏することだって憚りません。私のことを女性蔑視者と罵っていただいても構いませんが、ジェンダーバイアスと同時に取り上げられるアンコンシャスバイアスというものをご存じでしょうか。

女性だから、それだけで格下に観られる。
そういう理不尽なバイアスかけられるってのが差別ですよ。その憤りはわかります。
でもね。
男性なんてひどいもんです。
男性というだけで、痴漢の予備軍ですからね。
そういうバイアスかかってるんですよ、世間ではね。無意識にそういう見方をしても良いと、そういうい見られ方をしても仕方がないと、双方が納得してしまっている。これが無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)です。

そんなわけで、どういった経緯かわかりませんが大手の保険会社に就職できても、そんな体たらくなのは本当に残念です。何が残念って、そいつの代わりにもっとマシな人間いたかもしれないじゃないか? というのをいつでも思うのですよ、他人の会社の事ながら。

いい加減話疲れてきて、その女性社員に辟易してきたので、
「上司に代わって」
「いえ、あ……」
「いいから代わって」
「いえしか……」
「かわって」

「おまたせしました。私、上席の――」

「はあっ? また、女かっ!」

すみません、この時ばかりは最高にエキサイトして唾棄してしまいました。同時に笑いました。
てっきり男性がでてくるものだと思った。もちろん偏見です。
無論この上司、年の功もあっての事でしょうが、それなりに経験も積んできているだけのことはある。普通に話せる。納得もさせてくれる。誤解も解いてくれる。

ちゃんと仕事が出来るかっこええ女性も知ってます。尊敬するような女性だっています。
女性だからといって、誰でも彼でも認めないとか、そんなスタンスではないのですよ、私は。
女性のことが憎いわけでも嫌いなわけでもありません、むしろ好きです。
そうでなければ、女性と恋愛なんてしません。

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ここまで書いておいて今更なんですが、今日は別に電話口のねーちゃんをDISる話が書きたかったわけではありません。

この件の後日談を話しておきますと、どうもこのところの保険業界は、事故車の立ち会い、現認をし、自動車修理店と保険金折衝をする「アジャスター」という専門の部門があるのですが、そこをすっ飛ばして効率化しようとしているのか、折衝も何もなく、いきなり金の話と過失割合の話をし出す。これがその大手保険会社の出来ないねーちゃんの話です。問題の発生もアジャスターとの連携が出来ていない事に端を発しています。

アジャスターというのは文字どおり調整する仕事であり、保険会社と修理工場との間を取り持つ役目をするしごとで、それには自動車修理の知識や事故時の想像力が必須になります。そうでなければ車屋に言いくるめられるからです。車がどのような挙動で動くのか、どのように反応するのか、どのように当たればこういう壊れ方をするのか、そこに双方の言い分の矛盾が生じないか、など。客観的な視点をもって話を構築できなければ、誰も納得などさせることは出来ないのです。

当然だけど、デスクに張り付いているだけの女性社員が事故のことなど解るはずもなく、見積もりの内容を見たところで理解も出来ないでしょう。そのための専門の人間を配置しているのに、そこを省こうという流れになってきているそうです。(アジャスター談)

私が思うに、要するに修理金額で揉めて解決が遅れて人件費が嵩むくらいなら、本社の女性社員でも出来る金の話にさっさと持ち込んで示談させてしまおう、という流れなのではと思います。
それでいいケースもあるだろうけど、「結果」と「納得」は常にセットではないということは覚えておいたほうがいい。「結果」は事実を積み上げれば自ずと導き出されるものだけど、「納得」は人の心情に依存するのであり、必ずしも結果が出れば納得するものではない。

納得するのが人間なら、納得させるのは人間でなくてはいけない。それが自分自身であっても他者によるものであったとしても、どっちでもいい。


ずっとモヤモヤしていた事だったのだけど、結果ばかりが重視されて人の気持ちがなおざりにされつつある、そのように世間が推移していっているように思えるのです。
事の発生と経過と結果という事実だけに目を向けて、それらを根拠に法を動員し、権利や保障、賠償や訴訟、非難や批判、情報の操作から誘導まで、そこに人の意識が介在していないようにすら思えます。要するに、機械でも判断できるような話にすり替わる。

何いっているのかわかんないかもしれませんけど、人間がアホになってきているのかもしれないなと。本来持ち得た思想を失っていって、楽な方に流れている様な気もします。

今回だけではまとまりそうにない話なので、またいずれの機会にお話しするかもしれませんが、そのうち忘れてるかもしれませんので、その時はあしからず。











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