やむなく解体

2011. . 09
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解体。
出来ることなら復活させたい車両だったんですが、いかんせん書類がないんですな。

なんかこういう時、法に縛られているというか、無力感を感じます。

紙がないと困るのはトイレの中だけじゃないんだなぁ、と。
一般に言う「書類がない」というのは「車検証がない」ということを指している事はお解かりかと思います。
車検証とは、車検を受けているかどうかを判断するだけのものではなく、車体を証明するための身分証明書とも言うべきもので、「いつ誰が、何処で」などといった5W1Hが実はあの一枚のぺらい紙の中に仕込まれているんですな。ですから人間でも同じなんですが、焼死体ほどの身元不明な遺体でも、歯の治療痕等と身分証明書を照らすと身元が判明することが珍しくはないですから、車検証とフレームナンバーさえあれば大抵どんな車でも復活はできる、というかどういう車だったのかということはわかります。

それが、車検証を失い、元の持ち主も不明となった瞬間、たちまち再発行もままならず車体は何物でもなくなり単なる鉄くずと化すという、日本の法律はやっぱおかしいんじゃねぇの?と言いたくなります。

ま、これには根拠らしいものを挙げますとね。

車は私有財産であり、そのために税金をたくさん課税される動産であり、本人の意思とは無関係に所有するべきものではなく、また無意味に所有してはならないもので、車を所有することにより道路を一時的に占有する権利を得ると共にその危険性と社会への影響力を加味した上で、国が認める範囲で運用しても良いと許可された条件下でのみ所有を許すと、まあそういった感じの(別に真面目に読まなくてもいいです)文言が並ぶでしょう事柄を根拠に我々は車を所有し運行することが許されているわけです。

ですんで、その責任と義務の所在が不明瞭になってしまった車体に関しては、再運行の許可をおろすことは出来ないというのですな。

なら、新たに書類を作り直せばいいじゃないかと、陸運支局に詰め寄ることも出来ないのかといいますと。

これはほぼ、無理です。

しかし、いくつかの方法として、「何らかの方法」で以前の所有者を探し出し、必要書類をもらうか、「何らかの方法」で強制的に自分の所有物だという法的手続きをするか、あるいは「何らかの方法」で一度海外に持ち出し再び国内に持ち込むという手段で書類のない車両を復活させる手立てはあります。上記はあくまで合法的な手段であり、違法な手段を使えば割とすんなりなんですが、物騒なので書きません。もちろん犯罪ですから。

要するに、書類のないものを再び復活させるのは、途方もない苦労と果てしなく無駄なお金を使いつつ、時間と安全(自身と車両の)を考えた時、割が合わないな、という結論にほとんどが達するわけで、それなら新しい車を買おうか、となるわけです。

しかしながら、たった一枚の紙で車の運命の明暗を分けられてしまうのはどうも、やっぱりな気がします。

はっきり言いますと、陸運支局は過去五年以内の抹消登録済み車両の全データを保持しており、実は陸運支局さえ口を開けば全てことがスムースに済み、無駄なゴミも出さないで済むわけです。(データベースとしてはおそらくもっと長い期間のものを管理していると思われますが)
さらに言えば、過去五年間しか保持しないのであれば、その後はいずれなりの所有権も抹消されていると考えるべきであり、証明するものがない以上、新たに車検証を取得できる制度を設けても良いはずなのです。(もちろん盗難や犯罪に使われたような経緯がない限り)

陸運支局をはじめとするお役所の下で我々は自動車を転がしているわけですが、どちらにしても前例踏襲と自身らが信用する機関から発行される書類のみが重要であり、客観的事象や事実は端から相手にしないという態度は何処のお役所でも同じなんですけどね。

そういうわけで、やむなく、

この世からビートルが一台減りました。

合掌。









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