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自動制御

2021. . 03
日本国民の誰もが知るところとなった、2019年の池袋暴走母子死亡事件。
その判決がようやく下されたのが、2年5ヶ月後の今月9月2日。
世間的にも大変いたたましい事故として記憶に強く焼き付いた事件だと思います。なにより未来ある若い夫婦のご家庭が、当時90才近い老人の自動車過失運転により、一瞬にして粉々に打ち砕かれたのだから、事故の原因結果はさておいても、常識的な幸福感覚を持つ人々にとっては、慚愧の念に堪えない出来事でありました。

そしてこの事件がさらに波及を呼んだのは、加害者男性が元高級官僚であり、過失を認めず無罪を主張した事にあります。老人が運転していたのは、今やトヨタの代名詞とも言えるハイブリッドカーのフラッグシップ、「プリウス」です。車として電子機器が満載している感のある車両ですから、全ての操作系において電子制御が入っているといっても過言ではありません。

正直なところ私も何度かは運転したことがありますが、「運転感」というのは非常に希薄です。特にモーター駆動の時は、動いているのに動いていないと錯覚してしまうほどです。当然ですがアクセルは旧い車が採用しているようなワイヤー引きではなく、電子スロットルです。
アクセルペダルはアクセルポジションセンサーというセンサーを操作するものであり、それが直接エンジンルーム内のスロットルを操作しているわけではなく、間にコンピューターが介在しています。

なので、人によっては、自分の意志とは別に車が動いている、と錯覚するようなシーンもあるかもしれません。この加害者老人は、そのことを指してのことか、破廉恥にも「車が勝手に走り出して手が付けられなかった。だから私は無罪だ」と主張しました。

無論、車が勝手に走り続けて暴走し、操作を受け付けないなどということになれば、トヨタの今後の沽券に関わるわけですから、当然レコーダーに該当する部分の調査も行っています。その結果運転手がアクセルを踏み続けたというデータが吸い上げられ、ブレーキは一切踏んでいなかった、という証拠も挙がっています。しかし頑なに老人は無罪を主張し続けた。

この事件が判決までに2年もの歳月をかけるほど困難なものであったか? それはコロナ禍の時勢下でなんとも比較しようがありませんが、それでも国民の間からは、老人が元高級官僚という立場だからひいきされている、だから逮捕勾留もされないのだ、と非難が飛び交った。民間レベルでは「上級国民」などという愚劣な言葉まで生み出されました。

近年にわかに各自動車メーカーが開発に力を入れている、自動運転自動車。
現在サポカーなどと呼ばれている運転補助機能の付いたものも、ここに含まれます。
簡単に説明しますと、自動運転の種類には五段階のレベルに分かれていまして、現在サポカーと呼ばれている運転支援機能付き自動車は自動運転レベル1というカテゴリー、車種によってはより高機能なレベル2というカテゴリーに属する車が市販されています。

ただ、レベル3からは運転支援や補助というよりも機械と人間の立場が入れ替わり、機械がメインで運転者はそのサポートに努めるというものです。これは車が自動運転中の不動作、誤作動、もしくは必要性の要求を発した場合、即座に人間が運転出来る状態になければならない、という条件が付いた、決められた条件下での自動運転です。

詳しくはこちら「機械は間違わない」から「自動車は電機羊の夢を見るか1~5」のチョー長い6部作コラムに書いていますので、自粛で暇で仕方ない人は読んでください。

このレベル3を実験的に行っているメーカーはあちこちにありますが、いまだ事故を起こしては頓挫しています。
 直近ではトヨタが提供した、オリンピック、パラリンピックの選手村の村内自動運転バスがあたるかとおもいます。
こちらは自動車と言うよりも、自律走行する箱といった方が近い感じがしますが、条件だけで言いますと、基本的に選手村内という限定条件下で完全自動運転をし、ドライバーが存在しない、自動運転レベル4にあたる自動運転自動車です。
これが、日本のパラ選手を轢いて問題になりました。というか選手は負傷のため競技を辞退するという事態にまで発展し、トヨタが平謝り、と。

一応、運行するスタッフは乗っていたのですが、基本は乗客のためにドアを開け閉めする、エラーが起きて停止などした場合に再起動を促す、といった役割しか為されていなかったようですから、ドライバーとはみなさないようです。

実際このバス、どのくらいの速度だったのかというと、2キロとか3キロらしいです。歩いた方が早いとも言われるほどの速度だったのですが、悪条件が重なり自動車は被害選手の挙動に反応できず、そのままぶつかったということになっています。

速度は重要ではありませんが、結局「機械の目、機械の肌感覚」というのはこの程度である、という事を露呈した事件でした。

この二つの事故の話、皆さんにも関係がないとは言えないので、取り上げました。
国土交通省からのお知らせです。

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検査手数料が一律400円値上がりします。
その名目は、いわゆるサポカーが装備する、衝突被害軽減装置(いわゆる自動ブレーキ)が誤作動し事故に発展しているという事例が増えつつあるらしく、まあ、本末転倒だな、と。
で、その、先進安全装置(笑)を点検するために、メーカーや自動車屋がもっているOBDOBDとは「On Board Diagnostics/オン・ボード・ダイアグノーシス」の頭文字を取ったもので、日本語にすると「車載故障診断装置」と称します。主に 車の自己診断を行なうシステム・機器のことを指します)という機器をつなげて、制御装置の点検も行うのだと。

そのために400円。

そんな電子制御ついてねぇよ、こちとらマニュアルキャブ車じゃい! といったところでなしのつぶて、連帯責任で強制徴収です。ですので今まで検査手数料1700円(1800円)だったものが、2100円(2200円)と大幅に、約25%値上げされます。

そもそも、電子制御器が壊れるとかじゃ、いざという時に誰が責任とるんでしょうか? という気はします。むしろ自動安全装置なんてない方が安全、というおかしな状況が生まれつつある。
私ね、ここでめちゃくちゃおかしいと思うのは、二年に一度の検査でサポート機能検査してどうするんだって話ですよ。

だって、車を運行する限りその機能が働かなければ、即事故に繋がる可能性がある、ただドライバーからも、目視点検者からも、正常か否かという判断はつかないわけですよ。

普通こういう場合は、車側に標準的にOBDを装備しておかなければいけないと思いますし、車両とメーカーのサービスがオンラインで接続されていて、恒常的に監視、管理されている、という状況は全くもって不可能ではないと思いますし、メーカーが可視化できない安全機能を提供する限り、電子機器制御のサポートはメーカーが100%行うべきだと考えます。

このお知らせを見て私が思ってしまうのは、OBDの機械を卸すメーカーに役人の天下り先企業があって、機器管理、メンテナンス、更新の度に全国の陸運支局から発注がなされ、今回徴収される400円がどなたか関係者の懐に日々湯水のように入る仕組みなのだろうな、と。

考えてもみてください。一日の検査台数が300台だったとしてもですよ、OBDのソケット挿すだけで日に120000円のあがりが発生するんです。毎日毎日(土日祝除く)。
この検査項目をいれよぅって考えた人間が、純粋に世の中の自動車の安全性を願っているようにはどうにも思えないんですよね。

そもそも、紙面の終端に、400円を支払わなければいけない理由をくどくどと載せるくらいなら、なんで400円なのかを説明しろと思うのは私だけでしょうか?

独立検査法人は国民健康保険のような気持ちで捉えているのかもしれませんが、扱っているものは個人の資産であり、そのものに対する経費です。だいたい、こういうのは受益者負担であって、OBDのデータを反映(フィードバック)することも出来ないような旧い車の検査手数料にも、一律で上乗せするのは明らかなる便乗商法(?)であると断じます。

まあ、そういう話はひとまず置いたとしても、自動制御化する事への法整備化は念入りに行わなければならないと思います。事故を起こしたトヨタも面目躍如というわけに行かなかったわけですが、単なる老人のペダル踏み間違いの主張を二年以上にもわたって審理させ続け、メーカーサイドのデータや言質を疎かにし、結審までをむやみに長引かせた被告および弁護士は、道義上悪とみなされても文句は言えますまい。

ですが、今回のように制御機器が不完全なものであるという裏付けを行政サイドがすることで、ますます池袋事件のような、自動車誤作動、無罪主張、といった悪しき前例が悪用されないかと、不安になる。従って、メーカーサイドは自動運転車両というハードを作ると同時に、リアルタイムでログを回収できるオンライン監視システムを導入すべきだと思いますし、いざとなれば制御系に強制介入して停止や回避行動がとれるよう促すシステムを構築すべきではないかと思われます。

ただ、ですね。そもそも、老人が主張する「ブレーキを踏み続けた」、にしても自動車運転の知識があれば、暴走してもハンドブレーキ(手動制御のものがあればですが)、シフトをNかPに、イグニッションオフ、という三つもの停止措置がとれたはずなのです。それが出来ないのは車のせいではなくドライバーの未熟さ故のことなのですから、結局は判決通りの過失運転致死傷罪。
だが、老人が自動車に難癖を付け、社会的評価を貶めたた件はトヨタが訴えても良いと思いますし、被害者遺族に対しては、明らかな過失を看過し、過度な精神的ストレスを与え続けたという側面の損害賠償請求が発生してもおかしくないと思います。

別に老人が厳罰食らったからと言って、家族が戻るわけではない。
被害者遺族の男性は、一度の判決で手打ちにしたいと考えた。
これ以上長引かせて、怨嗟の思いを持ち続けたくはないと。だから控訴はしないで欲しいと、そう願った。

国民感情を巻き込み、過激な意見が飛び交って、日本で最も嫌われた老人、権力の権化、老害代表のような言われをした被告老人は服役囚となるのだけど、終わってみれば哀れな一老人に過ぎないものだなと思います。

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先日コロナに罹患した友人宅に、いろいろ差し入れ。
ノー対面で玄関先に置いて帰りました。

いまのところ、あんまり明るい未来が見えない世の中ですね。
自動車に全てを預けて腰掛けていられるような時代が来るのか、今とさして変わらない自動車を取り巻く社会が維持されているのか、それとも我々は自動車さえ自由に乗れない時代を生きているか、そんな分岐点が今そこにあるような気がしています。

様々なことが、私たちの目にはみえなくて、その分岐点は巧妙に隠されていたり見えなくされていたりして、直接触れて動かすことが出来ないという点では、まるで未来が自動制御されているように思えたりするのです。

我々が唯一抗うことが出来るとすれば、何もしないこと、でしかないという。

それこそ本末転倒ですが。






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