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ロシアより愛をすてて……亡命

2021. . 21
すみません、なんか書いてたら長くなったので、今月二回目の「あやしい話」です。

てんちょのあやしいはなし

もうみんな忘れてると思うけど、7月くらいに話題になった「8月20日に富士山が噴火する」という予言。漫画家のたつき諒さんが自作の漫画の中で予言した内容。ま、この漫画、それ以前の色んな予言が的中してたから話題に上がったのだそうだけど、こういう話って話題になった途端当たらなくなるから不思議だよねぇ。

はい、日本は何事もなく、本日8月21日を迎えております。

そんな折、ロシアが自国領だと主張している国後島から、北海道東端部に亡命希望のロシア人が泳いできたという。国後島から北海道までは最短で見積もっても20キロ。実際みてみても北海道から島が見えないわけではないけど、泳ごうという気にはなれない距離感です。しかも波がある上に、夏とはいえ海水温は低い。

ロシアからの亡命といいますと、旧ソ連から戦闘機で函館空港に強制着陸したベレンコ中尉が思い起こされます。当時米ソは冷戦まっただ中で、東側諸国というのは悪の枢軸といいますか、常に西側から敵視され、人体実験やロボトミーといったマッドサイエンスと狂気の全体主義、それに倣う陰鬱な顔をした、貧しくも勤労に勤しむ同志達と一触即発の核ボタン、というイメージに彩られた、大変香ばしい陣営でありました。

そんな国から突如平和を貪る日本の函館の空に、当時ソ連が誇る最新鋭機Mig(ミグ)ー25が現れたのですからさあ大変。自衛隊も米軍も出張ってきての大騒動になり、最新の機密を奪われまいとソ連が攻めてくるのではないかとまで危惧され、実際に防衛部隊が配備されたそうです。

まあ、当のベレンコ中尉はアメリカへの亡命が希望で、Migでたどり着ける西側諸国が日本だったというだけの話で、それはとんでもなく迷惑だったんですが、本人にとってみれば、腐敗した国内情勢、堕落した軍、誠実さのない人々、愛のない家族、もはや祖国に未練などないとばかりに、いままでの自分の人生、地位も名誉も妻も子供も顧みず、マッハ3で振り切って逃げたのでした。

ハンガリーのことわざ「逃げるは恥だが役に立つ」、とロシア人のベレンコが思ったかどうかは解りませんが、その一連の逃避行に至る話を聴く我々も、一種の高揚感というか、手に汗を握るような思いでその頃の様子を空想してしまいます。私この話好きなんですよ。

無論ベレンコが亡命できたのは、Migという西側陣営垂涎の土産を持参したところが大きいでしょう。「逃げちゃだめだ」のエヴァンゲリヲンもどうやらやっと今回で完結をみましたが、正直なところ立ち向かうには特別な素養が必要ですし、逃げる為にもやはり高度な能力が要求されると思います。
どちらを選択するにしても根性のいる話であると思うので、私は皆が皆逃げても良い結果にたどり着くとは思いません。逃げずに今をやり過ごす方がよほど楽だから、多くの人がそこに留まっているという言い方も出来ます。

事件は早々に幕引き、後にMigはソ連へと返還一般人として一般人としてアメリカで今も暮らしているそうです。

対して、海を泳いで渡ってきたロシア人なんか全く価値はなくて、むしろ「泳いできたとか嘘だろ」「なんで正規ルートで来ない?」「普通に渡航してきて亡命申請すれば良かろう」「もしかしてロシアの工作員で、亡命を受け入れないことを承知で、彼を国後島に返すか、ロシア本土に返すか試すつもりなのでは?」といった散々ないわれをしている。
(強制送還の件は、つまり日本がロシア人を国後に帰したら、国後が日本の領土である、という主張が崩れるからです)

ま、何が目的か、本当に国境越えて泳いできただけなのか解りませんが、何の役にも立たない、しかも国後島というド田舎から渡ってきた田舎者を亡命者として受け入れるわけがない。
しかも不審なことに、服は濡れてもいなければ汚れてもいないし、眼鏡かけてマスクまでしていたという。単身泳いできたとしたら防水バッグに着替えを詰めて、全裸で泳いできたとも言えるが、あまりに無謀だろう。

しかし私は思うのですよ。

なんと、平和なことでしょうか、と。

今でこそロシアと日本の間では行き来が自由になり、あちらこちらの文化に寛容になり、理解も深まる世の中になった。無論外国との関係性という意味で良好とはいえ、基本的には東側陣営で仮想敵のひとつであることに変わりはありませんが、かつての冷戦時代ほどではないという意味で平和です。
本来であれば米ソがバチバチで、第三次世界大戦、などとメディアもフィクションも、事あるごとにネタにしていましたからね。

それこそ、「ソ連が侵攻してきて、第三次世界大戦が起きる」みたいな予言もあったりしましたけど、本当に予言できてるなら、まずソ連ではなくロシアっていうでしょうよ。
それと同様、80年代までの近未来SFなんかは、一律ソ連表記でしたから、今みると時代感じるなぁ、と。

ま、それはともかくとして、不思議なことにこんなにすごい事起きてるのに、コロナ・パンデミック、なんて予言した人は一人もいないんですよねぇ。いつ終息するか、って予言する人はいるんですけど、なんか出来の悪いパフォーマーみたいになってますね。

そうそう、70年代80年代はそういうオカルトが全盛期で、UFOの目撃証言とかも多かったし、超能力とか、心霊とか、予言とか、予知とか、それらを取り上げた番組も盛況でした。
だけど2000年代に入ってからぱったりと消えた感がある。
これ、携帯の高性能、高機能化なんかに関係しているのだとかなんとか。
というのも、人は時間さえあれば携帯端末(スマホ、タブレットなども含み)をいじるようになって、空を見上げたり、ぼんやり景色を眺めたり観察することがなくなったからだと――そういう、なるほどなー、という話をどこかで聞いたことがあります。

ただ、オカルトが衰退したのはもう一つ理由があると思う。
それは、現実がオカルト化したからではないかと。オカルトでないとしたらシュルレアルか、アウトサイダーかデカダンスか、上手く言葉が出てこなくてもどかしいのだけど、それらの主な表現媒体となるサブカルチャーの台頭は、ある意味現実の中に求めていたロマンを駆逐してしまったのではないだろうか、などと考えたりします。概念的には、受け入れる器が増えて、集合意識的なものが構築しにくくなったのではないかと。

事実は小説より奇なりではないが、ほんとうに、考えられないような事件や事故、犯罪、災害が目白押しで、異世界や異界や異星人に興味を向けているほど暇ではなくなった、のではない仮名、と思わないではありません。

今の人達って、たぶん突然UFO降りてきても、それほど驚かないと思うのは私だけでしょうか。

そんな時代の変化を感じる今日この頃でした。


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