紺屋の白袴

2010. . 10
とはまあ、よく言われるんですけどね。自動車屋何ぞやっていると、ついぞ自分の車には手をかけることを忘れて、オイル交換はおろか、洗車すら忘れる始末。

紺屋の白袴とは、本来生業とする職業に関わる事柄を自身がもっとも為していない、ということ。意味を言うよりもことわざのままのほうがわかりやすいです。
類義語として「医者の不養生」「髪結いの乱れ髪」など。

ただ、意味は大きく分けて二つありまして。

「他人のことばかりやって自分のことには気が回らない」 という意味と 「いつでもできるのにしない」 という相反する意味合いを持ちます。

で、そんなことを思いながらふと見上げた空に PB070002_convert_20101110002050.jpg


Pの電灯が消えて「あなそにっく」になっております。

ちなみに「ソニック SONIC」というのは「音速」という意味です。

ですから今のままでは、穴音速です。

そういえば、パナソニックって電気屋さんでしたよね。ネオン管かトランスの調子が悪いんでしょうけど、あっ!

LEDにはしていないんですか?していないんですね!?ダメじゃないですかぁ、「LED電球はパナソニック」って謳っているのに。

とにかく、このままじゃかっこ悪いでしょうから、早めに直したほうがいいですよ。パナソニックさん。


そういうことを思いつつ、なるほど「紺屋の白袴」か「医者の不養生」やなぁ、と感慨深げに暮れてゆく空を見上げていたのですが、そういえば自分の車も汚いし、掃除すらまともにしてないしなぁ、と反省。

世も不景気で、車に対して使うお金の量が減ることは昨今の経済事情から致し方がない訳でして、皆様のおかげで揚力を保つヘルムもやはり相当厳しい水平線上を低空飛行するしかないなと諦め顔ではあったのですが、しかしながら、このままいいと思うものや、大事にしたいと思うことを遠ざけて、忘れてしまっては元も子もないのではないかと、ふと思ったわけです。

そもそも、車好きの羨望である整備技術者、あるいはその販売者、あるいは企画開発者、あるいは高等運転技能修得者、今それらの、もちろん私も含めるのだけど、それらの人々があまりに元気がないのではないかと、それは確かに車が売れない、若者が興味を示さない、だから何をやっても無駄だと思ってしまい尻込みしたくなるのも解る。
だが、我々がここで意気消沈してしまうと、本当に日本の車文化は我々の世代で幕を閉じてしまうのかもしれない。

私が携わっているのは主には空冷のフォルクスワーゲンだけど、PA310025_convert_20101113103807.jpg

この世界的に知られる車もやがては電気自動車なんかによって駆逐されてゆくことになります、いずれかならず。
中には機関を積み替えて生き残ることが出来る固体もあるのでしょうけども、それとて既にワーゲンの形をした電気自動車に過ぎないわけで、本質的には自動車業界の衰退といえます。

なぜ自動車を電気駆動化しなくてはいけないかとの理由は、実は一般人のほとんどにありません。
はっきり言いますと、車は走ればよいわけで、それがプルトニウムが燃料であろうと、中で小人が大勢働いていたとしてもどうだっていいことなんです。
あえて言うならば今よりいい条件で乗れるのならばそちらに乗り換えも考える。

そういった程度の認識であり、車に対しての愛着を持つなどとアナクロもよいところなのだなと近頃は特に感じます。

人が扱う事象を時系列的に並べますと、文明、文化、生活という順番で、より普遍的になっているといえます。
愛着や愛用というものは他をして得がたいものであるから、継続的に個人所有する意味があり、車や家というものはその代表格であったわけです。がしかし昨今では車が家電化したと揶揄されるように、別段魅力というものを前面に押し出す販売戦略を練るわけでもなく、積載量や燃費にこだわり、マイホームといえば一戸建ての時代から無個性な集合住宅のマンションに成り代わり、利便性、防犯性能、快適さ、合理的 を購買層が受け入れ、いわば文化が生活に落ち着いた結果といえます。

これらは技術の進歩がなせる業でもありますが、実のところ連綿と続く歴史の中で繰り返されてきたことであり、いまや個人所有は当たり前となり家電化したパソコンですら二十年前は予備知識のない一般人にはとても扱いきれる代物ではなく、そこには十二分に趣味性、あるいは愛着といったものが入り込む余地があったものです。

ただ、そうして無個性なもの達が増えてゆく中で、個性的なシロモノを所有する喜びはまた一段と輝くのではないだろうかと、そのようにも考えるわけで、じゃあ経済に取り込まれて身動きが取れないメーカーが出来ないこと、やらないことを、我々弱小変態趣味性自動車乗りは追求してゆく意義が十分あるんではないかと思うわけです。

人は何でも好きなことに没頭している時が一番輝いており
そしてそれが最高の幸福感を得る事への最短距離である

それ単体ではほとんど役に立たない文化とは、潤いのある人生の為に人間にもたらされた技術知識なのではないだろうか、とふと思う。わたしの中では恋愛だって文化だと思っていますから。

そう、まさに

歓喜力 

喜びを通じて力に!

KdF(Kraft durch Freude)

とは未だワーゲンの中に根付いている信念だとして、これからもヘルムはがんばります。

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comment

たかぴー
あなそにっくですね。
カメラ開けてごめんなさい。
プラモデルありがとうございました。
3日に1回は開けてニヤニヤしながら妄想してます。笑
とりあえず金貯めてまたワーゲン買いに行くんで、待っててください!!
その以前に灰皿持って遊びに行きます!!
2010.11.13 19:03
てんちょ
早速の閲覧ありがとうございます。

今回は書いてて訳がわからなくなってました、実は。

ところで、たかぴー、もしかして、cotinueより下の本文を読んでいないのでは・・・?
2010.11.13 23:29

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