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今日も高校野球

2019. . 10
今日はお盆前ラストの陸運局で、昨日と同じく高校野球が流れておりましたので、待ち時間の間観てました。
9回表で同点延長、10回で逆転劇を繰り広げた習志野×沖縄尚学戦の、まさにクライマックスの時に見てました。

いいっすね。この最後まで諦めない感じと、何が起きるか解らない不透明感。

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そういや、甲子園って熱中症で担ぎ込まれる奴そんなにいないのだろうか? あれだけ人がいたら倒れる人も多かろうと思うのだけど。大阪のあの時間の暑さは半端ないです。

ええ、もう今年からは暑くないとかいうのはやめようかと。
もう暑いです、倒れても仕方ないと思います! ちきゅうはおんだんかしているんですよー!

はい。

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でも断じて、ざる蕎麦とか冷麺とか、ざるうどんとかは食べないのです。
麺屋に入ってああいう冷たい麺を食べることはほとんどないです。なんでかわかりませんけど。冷たい食べ物が好きじゃないのかもしれません。

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タイプ3のフューエルメーター兼インジケーターの裏は、このようにまとめてソケットになってまして、合理的です。ちまちま配線外さなくても、がばって一気に外れるんですよ。

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さてー。

今日は皆さん何の日かご存じか?

ナガサキの日です。先日の広島に同じく

現在の人類が今のところ最後に人間に対して原子爆弾を使用し、無差別大量殺戮を行った日であり、世界初のプルトニウムを使用した原爆が爆発した日であり、その貴重なデータを採取するための科学実験が行われた日でもあります。

ええと、実はこのナガサキに投下されたプルトニウムを使った「ファットマン」は、ヒロシマに使ったウラン型原爆の五割増しの威力を持っていたと言われています。
当初は九州の小倉にターゲッティングされていたようですが、天候や地表状況が悪く、投下を思いとどまり第二目標である長崎へと移動したそうです。しかしそれでも雲が多く、投下は難航を極めたそうで上空の米国側B29らにも色々悶着はあったそうです。

この原爆、目視にて有視界下でなければ投下してはいけなくて、不可能な場合は帰投し、洋上で破棄せよ、という厳命があったそうな。 ただ都市に打撃を与える目的であれば最大効力を発揮する位置にレーダーで照準できたはずです。それこそ小倉にも落とせたはずなんです。

何故しなかったか?

これは原爆投下が戦略的な側面以上に、大切な科学実験であることを顕しています。
記録映像を切に欲していたのですね。
現に原爆によるキノコ雲は、当時の荒削りなカラーフィルムに残酷なほど鮮明に映し出されております。

ナガサキは地形的に被害を拡大せずに済んだ側面はありますが、目視投下にこだわりやむを得ず投下地点はミスっても、それでも市の人口の三分の一である、7万人あまりの命を奪いました。

核が戦略的に、純粋に兵器として使用されれば、どうなるか。
いうまでもなく、目標を確実に砕くでしょう。そして民間人だろうがその地区にいた人々を死に至らしめるでしょう。確実に。

私思うんですよ。愛知の芸術祭で問題になった作品を取り沙汰して、やけに日本国民が侮辱されている、的な民族主義みたいなの振りかざしてる人いますけど、なんでそこばっかりなのか? と思います。天皇陛下が~とか言いますけど、意識的に封殺してきたのは戦後の日本国民なんですけどね。

それまで日本国旗燃やされても、首相の写真燃やされても、教科書にでたらめ書かれて、それを我が子が信じたりしてても、まあまあって事なかれにしてきたのは日本人でしたよ。 アメリカに対して苦言すら吐かない日本人ですよ。

それがまあ、性急な民族主義振りかざしちゃって、らしくないったらありゃしない。

私思うんですよ。世界はグローバリズムを羨望している。

でも、人々は、民族は、未だナショナリズムから脱却できていないんですよ。宗教からはとりもなおさず、経済という呪縛からも脱却できていない。

このダブルスタンダードが私たちを悩ませている。正しいモノはなんとなく見えているのにそこへ向かうことが出来ない。地球人になるべきなのに、一国人から脱却できないジレンマ。

何故なのか。それは今人々の口から謳われているグローバリズムには真理が伴っていないからです。人間の良心が備わっていない、と言っても良いだろう。 まだまだダメです。

日本が良い例だと思います。
これほどまでに豊かな国になっていても、満たされていない。簡単にナショナリズムに転落する。不満と不安でいつも一杯。
はっきりいって、哀れですよ。

未だに多くの人々が、勉強していい会社に入って、金持ちになることにしか興味がない。思考回路が基本的に貧乏人なんですよ。
そういう反動が、裏に回ってネット右翼を形成している。
普段は大人しい国民が、ひとたび事が起これば形骸的な民族主義に染まってゆくのは、情操的な教育が足りていないからではないでしょうかと、私は思います。

だから、再び戦争が起きたら、我々日本人は同じように玉砕への道をつきすすむと思います。
70数年前の日本人も、我々と思想や思考回路はさほど違わないと思います。
なぜなら、教育が同じだからです。オトナ達がやはりクソ過ぎるからです。



大変皮肉なことに件の作品展示を皮切りに炎上した「あいちトリエンナーレ」で掲げられた「情の時代」というコンセプトが、ネトウヨ達の手により、いまの日本社会に表出していると思います。主催の津田氏が問題発覚、炎上、社会問題化まで予見予測できたほど狡猾で知略に長けているとは思えませんが、謀らずとも自身が人柱となって壮大な芸術作品を世に放ったと見るべきだろうか。

そうなると、彼は一世一代の問題作を投じた、世紀の芸術家とも言えます。無論、そんなモノをみせられている我々は、彼の鏡写しであると自覚せねばなりませぬが、まあ誰も受け取ってないのでこのまま闇に葬られるだけですね。

またいずれかの議論の場を待ちましょう。それまで世界が幸福ならば、ですが。




 もう語らんって言ったけど、語ってしまったわ。いやあ、このことはもう忘れましょう! 


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