覚えていますか

2010. . 11
さて、昨今の陽気に、どこぞの二輪に乗る阿呆がブリブリバリバリ唄い出すと春が来たな、と思う所存。

みなさまお元気ですか。

車もバイクも空冷な私てんちょでありまして、水冷エンジンはどうもぶっ壊れるところが多くて、ぶっ壊れると致命的なところがイヤで、漏水とは古今東西人類が戦い続けてきた一つの敵であって、まあ漏れると厄介なのは何も先っぽにつけるゴム製品だけではなくデスね。

そんなてんちょのメインPC は、実は水冷です。

なぜ水冷かってぇーと、当時の最新マシンがそういう仕様だったわけでして、特別な思い入れがあったわけではござんせん。それにCPUが水冷しないといけないほど熱を持つなんてーのも知らないほど電子音痴な訳でして。

そんな私は実際物理動作をしていない機械というものがどうも苦手なわけです。

ですから、こういった世界にはトンと疎く、聞き覚えのない横文字にうぎゃーと叫びたくなり、特有の倫理観に悩まされまくる毎日。

人間のように気まぐれな事をするPCにはほとほと嫌気もさすのですが、それでもこの世界ではこういったものと縁を切っては生きていけないので何とか我慢してやっています。

で、なんだかPCの中身(筐体の中身ではない)を見ていると人間の脳の構造に似ているなー、と感じるわけです。

たとえばこんな話。長いよ、今回も。





リン・ミンメイが「覚えていますか」と唄っても

昨晩の献立は何だったかって?そんなもの覚えていないよ。

あなた、それは脳の老化ですよ。

え!それはヤバイ。

と、まあ、近頃は何かと「○○診断」とか「○○度チェック」とかありまして、暇つぶし程度の占いみたいなものだとしておればよいのですが、こと「○○研究所所長監修」とか「○○大学教授監修」とか物騒なブランドがついている診断も少なくはありませんから一般人には眉唾と取れない節もあります。

こういった診断は一種の指標にはなりますが、被験者の心情や体調によっても相当左右されることがあるため、環境や体調を画一化した上でないとまともな診断結果は出ないのではないかなぁ? とは思うわけです。

で、前述の昨日の献立への記憶力ですが、これは食べた人ではなく、作った人が覚えている確率は圧倒的に高いということはアホでも解ることですし、それをとって夫よりも妻のほうが「脳力」が高いと言われてもどうかという気はします。

人間の脳は(他の動物はどうかはしりませんが)覚えたいことや覚えなければいけないことは覚えるように出来ますが、どうでもいいことは一時ファイルのような場所に暫定的に保管されて、その後さして重要度が高くなければ削除するか、かなり階層が下のファイルに保管されます。
ですから、不得意な事に関してはなかなか身につかないというのは理解できます。

この一時ファイルのキャパが狭い人ほど短時間の記憶しか保たないわけですが、それと物忘れという障害は微妙な違いがあります。

現在の一般的なパソコンのデータ管理の方法は フォルダ ファイル といった大区分から小区分に階層的に分けられその中に個々のデータを仕舞うように出来ている。これは人間の脳の仕組みとも似ているとかいないとか言われているようですが、一箇所の同じファイルやフォルダに多量のデータを詰め込むと書き込みや読み込みに時間がかかり、さらに同時に入出力を繰り返したりすると、いわゆるフリーズという現象が起こります。
これは脳中枢に相当するCPU(あるいはメモリ)の処理能力の限界を超えるためで、面白いことに機械的な動作をしない電子基盤でも無理な動作を要求するとオーバーヒートという過熱現象を起こして壊れます。
ですから、空冷だとか水冷だとかいう物がパソコンの筐体には装備されています。

人間でも、あまりに考え込むと熱が出たり、プッツン(死語)してしまうことはあります。
最悪の場合セキュリティが働いて脳にロックがかけられ、まともに働かなくもなります。


脳の記憶はパソコンと同じように各種のデータは後に使うことを前提としてきちんと整理して記憶野に仕舞わなければ、何かと思い出すのに苦労することになります。
では「きちんと整理」して記憶するとはどういうことなのか?
それをここで私があえて言わずとも皆さんは普通にそれぞれ自然にやっておられるはずですのであえて言う必要はないかと思うのですが、忘れる、思い出せないという仕組みはパソコンになぞらえて何通りか挙げることが出来ます。

昨日は覚えていたのだが今日は思い出せない。

これが最初に示した昨日の晩御飯のケースで、重要度が低い記憶の場合に多く起こります。一時ファイルがスイープソフト(睡眠)などにより一晩でクリンアップされてしまうか、新しいデータを取り込んだ際に上書きをしてしまっているかのいずれかです。

何度も聞いて(見て)覚えていたはずなのに今は思い出せない。

いわゆるド忘れという奴です。時間や場所が変わればまた再び思い出すことが多いのできちんと整理して収納はされているのですが、検索の仕方を間違っているかデータへのアクセス障害を起こしています。

うっかり忘れた。

メモリは正常にあるにもかかわらず、処理項目が過多になると実際の作業に伴わず情報処理に時差が起こる場合があります。こういった場合えてして作業完了後に処理がついてくるということがほとんどですから、結果として忘れたということになります。

聞いたはずだがその内容を覚えていない。

これは入力段階でミスを犯しており、まさしく鼓膜を振るわせる振動は捉えたが、その波を変換しなかったか、あるいは入力し損ねた。といった状態です。

正確に覚えていない。

これは自身にとってはただの記憶となるだけですが、その裏づけが可能な事象や記憶を共有した者が他にいる場合は「まちがった記憶」になります。これは記憶への関連付けがあいまいなため他のデータまでも引き出してきて混同する場合と、単位や尺度を間違えるような場合があり、数値的なものに苦手意識がある人は勝手に自分なりのドンブリイメージで入力してしまうことにあります。

何も覚えていない

脳内にアルコール物質が入るとこのような状態に陥りやすくなります。一種のウィルス感染のようなものだと考えていいでしょう。こういったケースは時に異常な量の入出力を行っているにもかかわらずそのほとんどが意味のない作業だったりします。

私は誰?

OSを再インストールする必要があります。


大まかに分けると一般的な失念のパターンはこのようになるかと思われます。
では、こういった各種のデータ喪失や損壊を起こさないようにするにはどうすればいいのか?無論同じくパソコンになぞらえますと、CPUの増強、OSのバージョンアップ、メモリの増設、セキュリティの補強、入力手段の確実性の確保、となります。

ところで、覚えていないことで将来恥をかくという事がままありますが、たとえばビジネスマナーにはじまる各種の作法などは「いい大人」にもなると覚えておかなければならないマストスキルといえますし、女性などは男性のそれよりもシビアに要求されます。

無論ながら各種社会常識や道徳観念もその許容の幅は限りなく広いものですが、「大体この辺り」くらいというものを知って身に付けていおかなければやはり恥をかきますし、社会から追放されます。
さらに、教養という面では歴史や地理、国語の読み書き、計算、理系の知識などはそのほとんどを10代の前半のうちに習得しインプットしているのが普通(日本においては)ですから、知らないともなると大変格好の悪いものですが、覚えていないことがかなりの割合なのではないでしょうか。

ただ、こういった大抵の人の場合は実生活で使用しない、受験学習をはじめとする不要な情報はかなり下層のフォルダに仕舞われているため思い出せないことがほとんどで、分数の掛け算が出来るかと問われて、出来ないと答えることにそれほど恥ずかしい気はしません。
つまり、たとえ三角関数が解けたとしても、実生活で商品価格の何割何掛けが解らないようでは生活に支障をきたすばかりか、相当な確率で笑いものになります。

わたしは記憶の劣化というものはそれほど起こるものではないと思っています。一度忘れたことでもインプットしてしまった情報は再度掘り起こせばまた上層のフォルダに移動してきますから、次に思い出すこと(アクセス)が楽になることが多いです。ですからPC上でも良く使うソフトなどは立ち上がりが早く、関連するファイルも直でアクセスできるようにほとんどはなっています。

ですから、記憶力がどうだとかで人の頭の良さ(能力)が量れないのは、人によって搭載されているOS(同じ国民や民族、あるいは地球人という大きなくくりのルールや道徳観念、倫理観 常識 法制)とソフト(得意分野、専門知識、各種技術能力)の違いがあり、基盤であるCPUやマザーボードといったものは物質的な脳みそのことを指すわけでして、そういったものの複合的な絡みが最終的に個人の能力として発現する訳でして、それが適所に適材か否かとなるわけです。

世に言う学校教育を始めとする受験制度、学歴社会とはつまるところ、「使える(正常に動作する)かどうかはわからないが処理能力に優れている機械を出来るだけ多く生産する」システムだといえます。そういう意味でお役所関連の普段の購買原則からして、とりあえずハイスペックで高価な備品(メーカー品)を無難だとして揃えたがるのは解らなくもありません。

が、それらを使いこなせるのか、本当にそこにそのスペックが必要なのか、あるいは使いこなす努力をするのかと、いうところが本質的には重要なのであって「能力」とは「ただそこにあるだけ」ではカタログスペックでしかありません。
使う者や目的があって初めて人間それぞれが持つ性能は発揮できるものでしょう。

もっと具体的な例を言うと、身が軽い口が軽い人はサクサクとよく動きますが、こういった人は余計なメモリーやソフトを過剰に搭載していませんし、メモリーの代謝速度も速い。(と、仮定すれば)
逆に、慎重で信頼性が厚い人ほど腰が重く動作が遅い、しかしながら処理が確実で端折ることをしない、かつ記憶容量も大きい。

つまるところ、この二つの良い部分を融合させることはパソコンの課題でもあるわけですし、同時に人間もこのような能力を日々社会から求められています。
あっちを立てればこっちが立たず、というのはどんな世界でも共通する観念ですから何処かで妥協はしてゆくことになるのでしょうけど。
それでも、いろんな特性の人間がいるからこそ利害が絡んだとしても助け合い、共に生きてゆくだけの価値があるのであって、いわゆる何でも一人でできる天才というのは逆に言えば孤独だなー、と自身のふがいなさに慰めの言葉をかけつつこの辺でお話は終わりにしたいと思います。


まあ、私などはある一定の特化した目的にさえ動作すればそれなりの需要はあるような人間ですけど、OSは規格外でソフトは海賊版、CPUはガソリンで動いていますから、なかなか使いこなせる人はいません。

それに、たまに自らウィルスに感染して壊れます。

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たかぴー
てんちょ!!
結局日記書いてないやん!!!!
多分応援してるんでがんばってください!!!!!
2010.04.19 08:33
CHELM
コメントいただいていたのにごめんなさい、承認でブロックされてましたね。

応援ありがとうございます、これからはがんばります、たぶん。
2010.05.25 22:17

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