男は、荒涼とした冬の海辺を歩いていた。
ときに波打ち際にまで駆け寄っては、熱心に何かを拾っている。
「何をなさっていたんですか?」我々スタッフは男へと質問を投げかける。
だが、男の口から発せられる言葉は、あまりに歯切れが悪い。
「いや、何か見つかればと……」
こんな冬の海岸に一体何があるというのか。ふと男の手元を見ると、彼が拾ってきたであろう木材の破片らしきものが見受けられる。
流木。
長年波にさらわれて風化した木材だ。
表面はパサパサして、今にも崩れてしまいそうだ。
見る者によっては只のゴミでしかないが、しばしばこの流木を使ってDIY作品などを作る人がいることはよく知られている。彼もその一人なのだろうか。
男は仕事場へとそれを持ち込み、おもむろに磨き始める。

「流木ってのは、こう、長年波に洗われてさ、腐って朽ちちゃった末の姿だって思ってるでしょ」
男は流木を磨きながら、我々スタッフに問いかけてくる。
「そうじゃないんですか?」
「見てみなよ、中は朽ちてないんだ」
そう、さっきまで風化しきったかと思われていた流木が、彼の手により表面は滑らかになり、淡い艶すら発していた。
「人間だってそうじゃない? 外見は皺が増えて、肌にも艶がなくなって、髪もぺったんこで全体的にしおれてさ、もうダメなんじゃねぇのって人いるだろ?」
「はあ……」
「社会って波にもまれてさ、とがった邪魔な部分や弱い部分は全部とられてさ、角が取れちまうっつーのかな」
「ええ、人間も年をとると円くなるって言いますものね」
「最初は行儀のいい木材として、板や柱に加工された奴がさ、いずれお役御免で捨てられて、海や川に流れ着いたその先で朽ちる。けどな、流木って奴は芯の部分は残るんだよ。そいつらがたどり着いた先で、どんな風な姿形になっているか、こうして磨いたときに本来の姿形が見えてくるんだ」

寒空の下で、男は磨いた流木にニスを塗りながら、はにかんだ。
そこには海岸で最初に見た様な朽ちた木の面影はなく、この世に唯一つの輝きを得たオブジェクトが、只ひたすら存在感を放っていた。
最後に我々スタッフは、男に訊いた。
「あなたにとって流木とは?」
「死ぬまでこじらせ続けた、クソみてぇな、こだわりだな」
とある流木作家もこう言ってますので、
皆さん、クソみてぇなこだわりをもって、ワーゲンに死ぬまで乗り続けてください。
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