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車検

2019. . 13
前にも言いましたが、この時期は車検が山盛りです。
たまたまウチのお客さんがこの時期に集中しているというだけで、全国的にだとか、季節的なことはございません。

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さて、史上最大級の台風一過でございますが、今回関西は緩く終わりました。しかし方や関東方面は大災害となってしまいました。しばし復旧に追われる日々が続くかと思われますが、どうぞ心身共に無理をせぬように、日々の生活を取り戻していってください。

そんな中で朗報といえば、ラグビーが予選突破でしょうか。台風で中止、引き分けで決勝トーナメント、ラッキー進出になる件が、わちゃわちゃと騒がれており、スポーツマンらしからぬ揉め方をしてましたが、実力で勝ち抜いて良かった良かったと。
コレで名実ともに日本ラグビーは実力を示したことになります。

あ、すみません、私試合全然見てませんけど。

車検の話ですが。
少し前の話題になりますが、2018年から「ナンバー自動読取装置」を用いた車検切れ運行車両の取り締まりが実施されました。最初の一年は試用期間のようなもので、車検切れを感知しても、国土交通省の職員による指導のみで終えているようで、その無車検率は0.1%ほどだったそうです。

まだ本格導入ではなく、取り締まりにまでは使われていないようなのでさほど恐れる必要は無いでしょうけど、この様なシステムがあるということくらいは覚えておいても損はないでしょう。(実際に取り締まるとすれば、飲酒運転を取り締まるようなスペースに余裕のある場所でないと無理です。レッカー輸送などの関係から)

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写真は関係ありませんが、バイクを車検に持ってきた愉快な人々だったので載せておきます。

で、私は思うのですが。

車検を取得しないと通常は運行してはいけないことになっています。
車検を取得しないで運行した場合の罰則として

6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金

で、それとは別に行政処分がついてきて、皆さんお馴染みの

違反点数6点、免停30日

さらに自賠責保険も切れている場合は刑期上乗せで刑事罰が

1年6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金

って感じなんですね。(複数同時に行われた罪に対して刑罰は最も重い方だけを採用します)

かなーり、リスクは高いです。

仕事とか、もしくは人生を左右することにもなりかねないようなことなんです。
科料を払えば済むという話ではなく、無車検よりも怖いのは、無保険です。
いわゆる強制賠償保険。自賠責保険のことです。
これは車検と同時に加入するもので、車検の期限より約一ヶ月延長して加入します。車検期間24ヶ月なら、保険期間は25ヶ月といった感じで、最悪車検が切れていても保険だけは一ヶ月の猶予を付けて交通被害者を保護するという仕組みが確保されています。

しかしその一ヶ月をも忘れて過ごしてしまっていると、自賠責保険切れ、いわゆる無保険車となり、万が一、交通加害者になった場合、被害者への補償は一切合切を加害者が自腹でみなくてはいけなくなります。まあ怪我の程度にもよりますが、人生終わりになる事もある訳です。そういう意味では自賠責保険は被害者はもちろん、加害者をも保障してくれる保険と言えるのです。

ただ、一応蛇足としていっておきますと、無車検、無保険であっても、任意保険に加入している場合は、ちゃんと保険がおります。無論これも被害者保護の観点からであり、けしてドライバーが可哀想だからということではありません。

今の時点では、警察は国土交通省の提供するMOTASという管理システムでナンバー情報を照合しているようなので、ナンバー読まれた時点で車検切れかどうかはバレるみたいです。

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ただ、問題は二年に一度、使用頻度にかかわらず受けなくてはいけないというシステムそのものに疑問がある上、けしてその費用は安いものではないという点でしょう。車検を忘れてしまうのはドライバーの過失なので言い訳は出来ませんが、事が起きれば他者に累を及ぼす可能性をはらむことを勘案すれば、車検時期のインフォメーションを、自賠責保険代理店など民間だけに委ねていいのかという疑問は残ります。

本来なら登録車両所有者に、国土交通省がダイレクトメールを送付するくらいあってしかるべきだと思います。
あのいい加減な国民年金機構ですら、律儀に定期的にダイレクトメールを送ってくるというのに。

と、まあ立場的に一応言っておきます。
本当に車検って、うっかり忘れますからね。

私だって忘れるのだから、皆さんが忘れても全然不思議じゃないです。









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あいちトリエンナーレ・本論

2019. . 12
もう書かないと8月頭の時点で二度も言ってますが、状況が変わったので少し補足したい。(補足と言いつつ最長文です。誰も読まないかもしれませんが、私のスタンスは示しておきたかったので書きました)

てんちょのあやしいはなし

その後、「表現の自由~その後」展は閉鎖に持ち込まれこのまま沈静化するものかと思われました。
ですから、私も、皆さんが考える何らかのきっかけになったのなら良いんじゃネェですか? って姿勢で、一連の展示物と津田氏の目論見を包括して社会実験的な一つの作品だと捉えようと思いました。そこまでが前二回(8月3日、8月8日投稿)の話しの流れです。

長い話なのでもう一度整理します。

主旨は不許可となった作品を展示し、「普遍的な不許可性について問い考える展示」であると思っていたのですが、どうもその展示内容からして、一部の作品により、性急な民族主義を振りかざすネトウヨその他にわか民族主義者が非難囂々。ホットな隣国との関係性もあり、問題が別の方向に開いてしまいました。もちろんご存知のように、主な原因は同展が普遍的ではなく限りなく左傾化しているからです。

その尻馬に多くの有名人や知識人が乗りかかり、政治問題一歩手前に発展。結局主催者側にも様々なアラが露見して、展示は中止に追い込まれ、国が拠出する補助金は全額カットとなった。

また今回の再開で、多くの人々が、国家(または象徴天皇)を冒涜している、公金を使って反国家的なことをするのは許せない、という論調で口にするのが散見されました。



まあ、みなさんナショナリズム全開で唾飛ばしまくってますが、あえてそれに乗りかかるなら、「そうかなるほど津田氏と大村知事は確信犯で、反日の走狗である」と、そのように捉えることもできますな。

私はこれをもって国家侮辱だ、冒涜だと言うなら、安易に米帝に媚びうるなと言いたいですし、隣国にももっと調査を徹底して毅然と対応してきてほしかったと思いますし、過去の大戦やそれ以前の戦争の経緯や歴史の真実を詳らかにして、国民に共有させなさいと、まあそんなふうに思うのですよ。ところが今持ってなお、学校では外圧でぺしゃんこになった教科書を使わされて、子どもたちが授業を受けているわけですよ。

ま、色々言いましたけど、今ここでこんなふうに言うのは、あえてです。

私はどちらかといえば規制される側の人間なので、あえて表現者側の立場から、事を荒立てたくないし、別問題にして問題の焦点がブレていらないことに口を挟まなきゃならなくなるのが嫌だなと思って参りました。
表現の自由においてもギリギリ、人を傷つけなければ良いだろうと、思っていました。
ゲリラアートやタブーへの挑戦にしても理解はしますが、そんなバカバカしくて無駄なこと、男子中学生とアーティストしかやりたがりませんから。

だから当初は面白いなぁ、本人たちが責任取るならそれもありじゃねぇの? って思ってましたよ。津田氏しかり大村知事然り。

私はポリティカルアートに必要な要素は、問題提起力と思想だと思っています。
誰もが気づいていても視界の隅に追いやってしまっているようなことを、アーティストの感性でスポットを当てる。
その作品を見た人ははっと気づき、問題に対して向き合うことを迫られる。

世の中にとっては衝撃だろう。ただ、そうした時に、作家は何らかの思想を持っていなくてはいけないと思う。
いきなりボールを投げてきたのだから、ボールを投げた真意を問われるのは当然だし、ある程度の批判も覚悟せねばならない。誰もが投げたボールを綺麗に受け取ってくれる訳ではないし、ちゃんと投げ返してくれるとも限らない。

そういう面倒なやりとりを嫌うアーティストは、別の制作スタイルをとるし、表現の仕方も変える。ボールを投げるけども人に向かって投げていなかったり、そもそも投げなかったりする。もしくは投げてくれと頼まれた先のカゴに投げ込む。単純な喩えだが、そういう違いがある。

十把一絡げにアーティストをくくることが出来ないのは皆さんもご存じの通り、皆が皆アーティストが社会思想を持っている訳ではないということは前提として据えておきたい。

今回の再開にあたり、何らか津田氏の思想的な説明があるものかと思われた。

だけど、何も変わっていなかった。これには驚いた。公権の抑圧であると。私達は被害者なのであると。

ナショナリストからすれば、お前こそ最大の加害者であると、そう言いたいところでしょう。

なんの説明もないので私にはわかりませんけど、あれらの作品で彼らは何を伝え訴えかけたいと思っているのでしょうか。

天皇陛下の写真を焼いて。

実際、この令和の時代になって皇家へのタブー感というのはかなり薄れています。
それは現上皇が開かれた皇室づくりを続けてこられた結果であり、皇室と国民の新しい関係性が開闢したのが平成の世であったでしょう。その流れをくむが如し令和の世の中が訪れているわけです。

ただ、昭和の時代はそれほどまでに国民と皇家の距離は近くはなかった。いや、むしろ遠かった。
尊敬と畏怖の念でかたちどられていたと言っても過言ではないでしょう。現在天皇陛下を前にして土下座をするような日本国民はまずおりますまい。

そして戦後、微妙な立ち位置に立たされた天皇陛下は、しばし存在を消されたに等しかった。
日本国民はやんごとなきお方だと、何かの折りに触れでもすれば、暴力団まがいの右翼の街宣車がやってきてどつき回される、みたいな風潮が流れており、かといって公に戦争を美化したり、皇族を賛美したりするととたんに右翼のレッテルを貼られて周囲から非難され、社会的抹殺の憂き目に合わされた。

そのくらい日本の世の中は無意識的に左に寄りかかっていたんです。
ただ、思想的に左ではなかったし、政治も中共やソ連に同舟する様なことはありませんでした。
戦前にあったような赤化の危機というものはなかったと思います。もっとも世界各地では東西陣営による当事者や代理による紛争が絶えず、国内においても共産主義集団によるテロリズムや社会運動は頻発していました。まだまだ民主社会が未成熟だったのです。高度経済成長とともに戦前思想からの脱却、世界と比肩する国作りを目指し、日本国民が一丸となって邁進していました。

そこに天皇陛下の姿はなかったのです。皆が意識的にも無意識的にも陛下を無視したのは、戦争の象徴でもあったからでしょう。そこから脱却すべしと強く願って前だけ見据えてきた40年であったでしょう。

そんな昭和が迎えた終焉。皮肉なことに、大喪の礼において国民は改めて天皇陛下を認識したのです。この国には天皇陛下という国家の象徴がおわすのだと。

一度たりとも国民は天皇陛下を嫌わなかったし、嫌うようなことはなかったのです。無知ゆえに「偉そうなジジイだ」と反目していた私ですら頭を垂れました。

普通、自国が敗戦して焼け野原に立たされようものなら、そのかつての為政者のトップたる陛下のような立場の人間は、石を投げられタコ殴りにされたって仕方がないし、土下座するのは当然だと思う。
だが、戦後すぐ行われた巡幸の時ですら、国民は陛下を非難しなかった。
それどころか、GHQによって処罰されることを否とする嘆願書が恐ろしい数集まったという。

今は、様々なことがわかり始めています。当時知らされなかった真実が我々の知るところとなっており、昭和時代のような密閉された日本国家ではなくなっているのです。
今更天皇陛下がタブーなどという時流はありません。

だからこそ彼らに問いたいのです。あなた方は何がしたいのか?
あなた方のやっていることはまるで、日本の国を目の敵にする隣国のやることにそっくりではないですか。
あなた方のやっていることはまるで、日本の国民を愚弄しているように見えてしまうのですよ。

人が大切にしているものや、人が軽い気持ちで触れてほしくないものを、なんの思想もなく、なんの覚悟もなく、なんの言い訳も用意しないで安易に軽率に薄ら笑いを浮かべながら、揶揄する。
法を犯し、国家の理念を歪め、道徳を踏みにじり、ただただ、自らの自由と権利だけを標榜する彼らの芸術。

そんなものが表現の自由に基づくものであるとするなら、人殺しだって芸術たりえるでしょう。

東京芸大の教授の面々が今回の公金カットについて「表現の自由を萎縮させる」等と、朝日新聞の論調とスクラムを組むが如く文句をたれているようですけど、芸術家が何を恥ずかしいことを言っているのか。金が無いならないなりに自分たちでやればいいじゃないか。公儀がカネを出さないからといって、なぜ萎縮になるのか。芸術なめてんのか。

国民はあんたたちのパトロンでもなんでもない。何を勘違いしているのか。
そもそも芸術家が他人の金を当てにして表現活動なんてするんじゃない。
そんな矜持で芸術なんてよく人に教えられるなと私は思います。
金が必要なら働いて稼いで作品作れよ。まさか働いたら負けとか思ってるんじゃなかろうな。

まあ、それはさておき。

一連の、おそらくは世で第一線と呼ばれている芸術家達が皆総じて表現の自由だけを盾にして、問題のあるべき点から目をそらしていることは絶望的な気分にさせられます。

ちなみに、当初主催者側は件の作品に対して、

・製作過程で昭和天皇の御真影を焼いた事実はなく、昭和天皇の写真のように見えるかもしれないが、昭和天皇をモチーフにした作品ではない

・慰安婦像ではなく、テーマが違う「平和の少女」

などと言っていたのです。

じゃあ、なぜ、なおさら、どんな意図があって、どんな思想があって、過去の展示ではどんな経緯で展示不許可となって、どんな論争がそこにあったのか、そこであなた方作家はどのように戦ったのか? それを説明すべきだろう。

今からでもいいから、誰がどのように不許可を出したのか。その当事者を連れてきて公開ディスカッションしていただきたい。
なぜだめなのか、なぜ自分が心血を注いで作った作品がだめなのか、堂々と問いただしていただきたい。
なんなら、世論に問うていただきたい。なんなら提訴も辞さないと。だってそれは、あなた方が大切にしている表現の自由の権利を侵害されていることなんですから。

どうぞ胸を張って、私は正しい、正義であると世に知らしめていただきたい。権力におもねるのではなくてね。

それができるのならば、展示の継続はしてもいいだろうと思う。
でなきゃ全国で不許可扱いになった、ユーモアのかけらもない愚劣な芸術作品みたいなのの寄せ集めた、「皆さんで笑ってやってください」というゴミ溜め展示場に、税金なんて使わせるわけにはいきませんから。
ぜひとも愛知県の財政だけでやってください。知事選んだの愛知県民ですからね。

とっても長くなりましたが、これで終了します。


天国への階段

2019. . 10
なんか遅くなったので、ブログサボろうかと思ったのだけど、明日も書けないかもしれないので、今日やっておこうと思う。

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正直めんどくさー、と思うこともあるんですけど、そんな調子でなんでもめんどくさいと思ったそのままで生きてたら、人生そのものが失速すると思うんですよね。

生きてるって飛行機みたいなもので、燃料炊き続けないと落ちるんですよ。ただでさえ推力弱っているのだから、意識的に飛ぼうとしないと高度は下がるばかりだろうと、そんなふうに思っています。

そしてそんな私。
ちょっと疲れているとき、階段の最後の一段で「ああしんど」とか頭を過ることがあるんですよね。
そんなとき、しばしば心のなかで同時に「がんばれがんばれ」と自分を鼓舞していたりします。

昨日、また天国への階段を一段登りました。

もしくは地獄への階段を一段降りました。

人生80年とか100年とか、マジ長すぎですって。 どこまで飛び続けなきゃいけないんですかって話です。
65くらいで死ねるなら、ええ感じちゃうかなと、自分では思ってます。
なので、そのあたりで死のうと思うと、心身ともにまあまあの負荷かけていないといけないので、もう少し無理して仕事をし、遊びもしっかり全力でせなあかんと思います。

命を削るが如く思い切り生きる。これを名付けるなら、死活といったところか。

でも、仕事なくなったら、私すぐにでも死ねますね! 仕事の継続はそれだけでも死活問題ですわ!

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そんなわけで、ネットで注文して色失敗したバーテープ。30年以上の眠りから覚めていきなり鮮烈なイエローで、目が潰れそうですわ。こりゃないわー、やり直しですわー。 つーか、バーテープって初めて巻いたわ。なんかええ経験した。

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ああ、できたできた。
なんか嵐がまた来るみたいですけど、皆様ご安全に。




淋道を斬る!

2019. . 08
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今週は昼に起きたので、がっつり走らず開通作業だけ。
かねてより倒木で通行困難だった箇所があり、そこをチェインソーで撤去を試みます。

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その前に、インスタ蠅そうなプチキャン画像。
地味にネイチャーストーブでお湯を沸かしたりしてるんだけど、こういうのも何回かやったら、ガスのほうがいいかなぁ、とか思ってしまう――――……いかんいかん、こういうことは合理性を求めてはいかんのだよ。

ネイチャーストーブってのは、小枝とかをコソコソ燃料にして簡単に調理できる燃焼効率のいい缶みたいなものですが、まあ、燃やせるものがあればなんだって燃えるという感じに思ってもらえればいいかと。基本的に科学的な燃料を使わないので、環境によい印象があります。
タダ、拾った枝とか落ち葉が湿気ていたら全然火が点きません。結果的には着火剤を使用したりして初期ブーストを起こさねば、上昇気流が発生せず、このストーブの持ち味が生かせないので、使えません。

私はもっぱら、マシンから抜いたガソリンでがっつりブーストしちまいますけど。 え? 自然に優しいストーブ? なにそれ?

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結局食うのはインスタントラーメンだよ。
そして食後のインスタントコーヒー。

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腹ごしらえして、さあ行きましょう。

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ここ、前から下をくぐらなきゃいけなかったんです。
(あとで気づいたんですが、もしかしてトライアルのひとは、上を越えていたのでしょうか。木の皮が削れてるので、実はお楽しみセクションだったのでは……)

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その付近のもう一本も落としました。

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チェインソーで木を切るのって楽しい! 本当はこれらも誰かの所有物だから勝手に切っちゃダメなんだろうけど、まあ、そこはそれ。 危ないですし、皆通れた方がいいでしょうしね。

でも、直径30センチくらいの丸太切るだけでも結構大変です。
余計なもの切っている訳じゃないんですが、切り方間違えると自分のほうに倒れてきたりして危ないし、刃が木に挟まれて抜けなくなったりするので大変緊張します。
そのせいか、四本くらい切っただけで、腕パンパン。身体ガタガタになりました。

林業の方ってすごいなぁとおもいます。(私が使ってたのは家庭用小型の普及機ですから、そんなに重くないです)

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この林道の入口は、この様におどろおどろしい様相です。こういうのは雰囲気なので伐採せずに残しておいてもいいでしょう。

これで、開通作業はほぼ終わりです。

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そして、ちょっと手首が悪化した。

ベージュ祭り

2019. . 06
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今、ヘルムには同系色の車が五台もあつまっています。並べたらグラデーション出来るかもしれません。

着々と片付けてはいるんですが、どうにもやることが多くて。

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そんな合間に、コレとか。

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まだやってたんかい、といわれそうですがスミマセン。もう出来そうな気がします。

今夜は少しひやりとしますが、まだ店内では蚊に刺されます。

ああ、どこか遠くに行きたい。

秋はまだか

2019. . 05
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全塗装あがって、組み上げてる途中。 それにしてもまだまだ暑い。

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このリアデッキリッドのバネ。普通の人間が使わない筋肉を使って嵌めます。

このバネが嵌められたらワーゲン屋として一人前だと言われておりまして、コレは当時ドイツのフォルクスワーゲン社で年に一回行われていた、メカニックのマイスター資格の検定項目にも採用されていたほど、大変難易度の高い、そして危険な作業であります。

――うそです。

でも、しっぱいすると、いきおいでゆびをついてつめがはがれたり、てっぱんでゆびをふかくきったり、ばねのちょうりょくではねかえされてこっせつしたりする、とてもきけんなさぎょうなので、かならずおとなのひとといっしょにやってね!





あ、そうだ。私前から言おう言おうと思っていたんですけど、

最近、ミニスカ見ませんよね。

もう流行が終わったのでしょうか。

とても残念です。

タイプ2 キングピン&リンクピン

2019. . 03
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タイプ2キングピン&リンクピンの交換です。

正直なところキングピン(ステアリング軸)そのものを交換することは非常に珍しく、相当なガタがないと替えることはしないで、ブッシュのみを打ち替えて対応します。
タダ今回は、修正不能だったので、少々お高いですがキングピンを交換です。

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まず、キングピンキャリアに新しいブッシュ入れます。
ただこの時気をつけなくちゃいけないのは、この真鍮のブッシュ、グリス穴も通路もない、ただの真鍮の筒です。要加工品です。こんなもん売るなよ。

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ストレートリーマーで穴径調整です。コレの具合次第でステアリングフィールの仕上がりが変わります。

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組み付けてみたらめっちゃ固くて失敗した。
あれ、どうやって抜くんだっけ?
圧入したのを抜く方法探るのに、少し手間取りました。前にもやったはずなのに。
で、苦し紛れにパンタジャッキ二つ使ってこんな事してみたりしたけど絶対違う。

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そうそう、こうでした。

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備忘録として撮影しておきました。

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ヒイヒイいいながらとりあえず完成。組み付けは明日にしましょう。

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全然関係ない話しなんですけど。

最近ふと思うんですよ。

通勤途中ですれ違う女子大生の群れを見て。

ボイン多いな、と。

そして、男子大学生とか見たくないから、自動で視覚処理して見えなくしてくれるフィルターとか開発できないかな、とか、初秋に物思いに耽っておりました。

そうそう、愛知トリエンナーレの件の展示が再開するそうです。
バカですねぇ。

とられた

2019. . 02
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このかご。私の作業着を畳んで入れておくためのカゴだったんですが、ネコに奪われました。

今日からこのカゴ俺の寝床な! じゃ、よろしく~

的に、当然のように居座っております。

ま、些末なことではありますが。

昨日机に座っていたら、裸足の足の甲がぞわぞわーってするんで下を見てみると、ゴキブリが載ってました。フルサイズの奴。
警戒心の強いGが足の甲に載ってくるだなんて、もしかしたら私は蟲に愛される特殊能力があるのかもしれない。

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そして先日の記事に続いて、日々植物に侵食されている我が家。
外階段の木製の手すりが、キノコの菌床になりました。

もうこの手すり崩壊しかかっているし、いいんじゃね? 菌床でいんじゃね?

的に。

うん、私も仕方ないかなって思います。

変なのはオマエだ!

2019. . 01
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我が家の壁面緑化は順調に進んで、去年の倍くらいの面積を覆うようになって、満悦しております。

しかし、彼らも進化の結果なのでしょうけども壁面が存在する以前、もしくは壁面が存在しないシーンでは、岩肌とかにアンカリングして樹長を延ばしてきたのでしょうけど、自立して上に伸びようという気はなかったんですね。
植物は基本的に光合成のため、日の光を浴びることを第一義とした生長方式をとります。

ですので上へと伸びてより高く、樹高を稼ぐ事が出来る種は、早く成長することに特化したりします。多分杉の木とかはその類いだったんでしょう。 対して広葉樹なんかは成長が遅いものも多く、樹高も稼ぎませんが、大きく枝を張り広範囲に刃を広げて光を集めることに特化したのでしょう。

しかしそれらはいずれにしても幹の太さが必要になるので、そのような競争に勝てず、進化できなかった種は光合成を果たそうとした結果、少ない光でも光合成できるように進化したり、光合成に頼らないで生存を可能としたりといった、実質負け組根性で生き残った種や、貧弱でも、植物以外の背の高いものにへばりついて、木が生えないような場所で上へ上ってゆくという、ナイスなアイディアを打ち出した、トリッキーな隙間産業的勝ち組まで、目的は同じだけどもやり方が違う、生き方が違うというのは植物の世界でも同じという訳です。

ただ、まっすぐと整然と立っている針葉樹なんかからしたら、「壁に張り付いてる奴は邪道」だって思うんだろうし、壁に張り付いて上手いこと生きてる奴らは、「材木にされる奴らは生きる喜びが解っちゃいねぇ」、ってせせら笑っているんだろう。

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これはJEEPのインナーフェンダー。 フェンダー(泥よけ)の内側ですな。
アメリカ車ってのは、時に謎な構造をしてることがあります。オフロード車両なのに。
今この画像見ただけでピンと来た人はまともだと思います。

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なんでこの部分にインナーフェンダーついてないんだろうか? ちょうどウィンカーランプの裏です。
巻き上げた水とか泥とかがここに溜まるじゃん。
だからちゃんと防水ソケットにしてるだろ、っていわれても、カバーつけた方が確実だし、技術的にも簡単だし、見た目からしてすっきりする。 マッドネスな路面とか走ったらここに泥が詰まって、乾いたらカチカチになってとれなくなったりするぜ? 

よーわからん??

ま、欧米圏は我々とは、文化とか思考回路が違うんだろうと思うことにしています。

それと同じく、「最近の若いもんは~」とかいうのも、結局時代も違えば社会背景も違うし、当然文化も違うんだから、てめーらの基準で物言えば、そりゃあ最近の奴らはおかしいよ、ってなりますが、当の若い人達からすれば、生まれてこの方戦争なんて知らんし、学生運動とか知らんし、3C(車、カラーテレビ、クーラー)とか3高(高収入、高学歴、高身長)とか知らんし、バブルとかジュリアナとか知らんし、60年代も70年代も知らんし、貧乏とか節約とか知らんし、といいたいのではないでしょうか。

そもそも、そういうの理解せなあかんねやろか? なら昔の人もウチらのこと理解するように努めてくれんやろかねぇ?

と。

社会ってのは、古いフォーマットのOSはアーカイブされているだけで、実稼働しているのは更新されまくった最新版であります。いわゆる時代寵児と呼ばれる、業界の先端を走っている人というのは、最新OS上で動いているアプリのようなものだと考えればよいでしょう。

そのOSとアプリを使っているのが今の若い人達。

ですから、俺達の若い頃はUSBなんてなくて、シリアルで云々だとか、Aドライブにフロッピーが~、だとかパソコン通信が~とか、ネットは従量制課金で毎月の支払いが戦々恐々だった、とかそんなことをいっても、無駄です。だって今の社会には必要ないから。

だから、今の社会から見たら変なのは、時代について行けていない古い世代の人間なんですよね。

それでも、変わらないものがある、変わってはいけないものがある!

そう思うならば、自身の経験と知識をもって一筆したため、世間に問うてみるのも良いのかも知れませぬ。

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