ワーゲン四方山話 その17 「ワーゲン、まさかのその時」
さて、とかくワーゲンは不安感をぬぐえないというお声を聞きますが、確かに言い訳ではありますが、いくらレストアされた、あるいは修理メンテナンス万全の車といえど、全てが新品の部品ではありませんし、部品の精度の問題や、質の問題があり、さらには多人数オーナーの手が入れば入るほど(あってはいけませんが)意図しないヒューマンエラーが発現します。
そういった意味では、我々だけではなくやはりオーナーさんにも普段からトラブルになりそうだ、なんかいつもと違う、といった感覚をお持ちになっていただくことが必要です。
そういうことを言うと、やはり古い車は面倒だな、と思われますが、これは機械を相手にしているならば新旧問わずオーナーが気にかけてやらねばならないことであり、気概としては何ら変わりはない事(変わってはいけない)ということも同時に頭に入れておいてください。
で、そういうところからお話しします今回の話題ですが、注意していてもいずれなり車に乗っていればそんな「もしも、まさか」の時に出くわすのが悲しいかな人生というものでして、人生には上り坂もあれば下り坂もあるように、“まさか”という坂もまた平等に用意されているようです。
まあ、そのまさかに人はたいていパニックになるものですが、たとえば走行中にエンジンが止まってしまうようなことがあると?
オートマの現代車になぞらえて教科書通り対応策を申しますと
現代車で走行中のエンジン停止を起こすと、慣性で走行を続けるものの、旋回装置(ステアリング)と制動装置(ブレーキ)という二つの重要な部品がまともに動作しない状態で制御しなくてはいけない危険度というものを理解しておかなければ、かなり焦ります。と、言いますのも、現代車の多くはステアリングにはパワーステアリングという機構が装備されており、これはエンジン動力から発生する油圧、あるいは電力によってステアリングをパワーアシストしています。そして、ブレーキにおきましてもマスターバックと呼ばれますブレーキ補助装置が、こちらもエンジンの吸気圧によりブレーキ踏力をアシストするようになっていますので、その前提で作られている車体はこれらの装置がないとまともに運転が出来ないということでもあります。
ですから、そこから安全な停止を行って安全な場所へ退避させるのは相当大変です。昨今の車は何かと車重が増えているうえにパワステの動力がない状態でハンドルを回すのは男性でもやっとといったところです。
過去にベンツのEクラスがエンジンストールで停車しているのを見かけてレスキューしましたが、手押しでスムースに一車線跨ごうと思うと、健康な男三人は必要です。
これを空冷のワーゲンになぞらえて申しますと
エンジンが停止してもステアリングやブレーキ他の制御装置は動力に依存していないため、操作感は走行中となんら変わらない。クラッチを切れば急激に速度を落とすことなくそのまま車線を変更し路肩に避難することも可能。さらにやむを得ず停車したとしても、車重が軽いうえハンドルはいつもと同じ感覚なので片手でハンドルを切りながら一人で押し回すことも可能です。
まあ、そもそも、エンジンが止まることが稀であるといえばそれまでなんですが。
で、エンジンが停止する原因ですが、まずイージーミスとして給油のし忘れがあげられます。これは燃料計などを見ていればわかることですし、現代車の多くは限界が近付くと警告を出しますからよほどぼんやりしていないとガス欠なんてことはありません。
対してワーゲンもまたフューエルメーターはほとんどの車両が装備していますが、50年代の車になるとフューエルリザーブ式のタンクが装備されているだけで燃料計は装備していないことが多く、メインタンク、予備タンクと使い分けることで燃料残量を把握します。
まあ、この部分もオーナーさんが忘れたりしない限りガス欠のおそれはないのですが、いかんせんやはり燃料計の誤差や故障はワーゲンにはあり、悲しいかな電気式のメーターはニクロム線の抵抗熱で動作するという、まあこれが不確実ととるかどうかは微妙なところなんですが、焼き切れるリスクはぬぐえないところはあります。
燃料切れ以外で止まることといえば、他をあげればきりがありませんが、特に現代車の場合弱電系の回路(つまりコンピューター関係)がぎっちり詰まっているのと電子制御系の部品や制御機器が満載なので、大雨や軽い水没でも一発でパァになることはあります。
なおかつ回路図が頭に描けないほど複雑なため原因の特定は困難を極めます。もちろん現場復帰は望むべくもなく、その辺の車屋さんでは対応不可ということも珍しくありません。
その点でいけばワーゲンはいわゆる古来からあるキャブレターと内燃機という単純明快な燃焼炉ですからエンジンが動かない原因は火か空気か燃料くらいしかありませんで、モーター(原動機)の原理を理解している人間がセオリー通りに不調をたどれば必ず原因はつかめます。
なおかつ部品点数の少なさからして疑う個所が大袈裟ではなく数か所というあたりも現場復帰を容易なものにしています。ですからオーナーさんが何も知らなかったとしても、そのあたりの自動車屋さんならなんとかできるという可能性は大きいのです。
現代車は基本的に壊れないという伝説は、現実になりつつもあるのは事実ですが、大雨で水没したマンションの地下駐車場で唯一復活し生き残ったのがカルマンギアのみで、ほかの車十数台が全滅廃車になったという話が実際にあり、まさに空冷ワーゲンというかアナクロエンジン車の生存率を示すエピソードの真骨頂かなと思います。
あと、これもよくする話ですが、海や湖、池などに落ちた時、あるいは排水設備が壊れたアンダーパスなどに突っ込んでしまった場合、実質上の水没にあたるわけですが、電装部品の多くはダッシュ周りよりも下部ですから、腰まで浸かるとアウトです。一部ヨーロッパ車はカーペット床下に弁当箱が並んでいるなどのケースがあり、もうこれは、ちょっとした水没でもアウトなんですね。ほとんどの現代車の場合タイヤがつかればほぼ室内に水が浸入し中の電装機器を壊してしまいますからその時点でエンジン制御エラー、エンスト、電源カット、となります。
そのため脱出を余儀なくされるのですが、冠水した状態ではドアは水圧で開くことがまずできません。しばらく車は浮いているものの、かといってそのままにしているとどんどんと浸水して沈んでゆくだけで、まさに罠にはまったネズミのように死を待つことになります。
そのため第二の脱出口である窓を開けようとしますが、電源が落ちているとパワーウィンドウが動作しません故、窓は開けられません。こわいですねぇ。
ですので、車内に窓割り用のピンハンマーや何か固いものがあればいっそガラスを割って脱出することがセオリーとなっております。しかしながらパニックでそのような知恵が働かない、あるいは手近にガラスを割るようなものがない場合は浸水をある程度まで待って水圧を相殺してからドアを開けるという方法しかありません。これを知らないとまさに車内で溺死してしまいます。
ワーゲンに関してはまず、面白いことに車がかなり長い時間浮いていることができるという特性があり、ワーゲンの気密性を証明する一つのエピソードにもなっており、古くはシュビムワーゲンという水陸両用車があったことなどからしても、ワーゲンはその昔水生生物だったとまことしやかにささやかれたりしている――かどうかは知りませんが水との親和性は高いといえます。
ワーゲンも水没が始まるとドアが開かないのは同じですが、ほとんどパワーウィンドウを装備しないワーゲンは手動でラクラク窓を開くことができ、危険を冒して窓を割る必要はありません。そのまま窓から脱出して屋根に登って助けを待っていれば遠目には孤島に取り残された遭難者に見えなくもありません。ヤシの木でも生えていれば抜群に面白い絵です。
ただ、床に穴があいている可能性があるというのはワーゲンならではで、その場合生まれ持っている浮力は期待できませんで、一気に浸水、水没となる危険性をはらんでいます。ですからバッテリー下部をはじめとする床の穴は早々に修理なされるのが良いかと。
さて、水害とくれば次は火災ですが、自動車火災という言葉があるように自動車が燃えるということはさほどに珍しいことではありません。電気というのはいわば火種ですから、それが何らかの原因で燃料に引火するとたちまち火が起こります。
無論ながら電気も大人しくコードの中を流れている分には害はありませんが、いわゆるショートという現象を起こすと(つまりはプラスとマイナス極間で起こるスパーク)火種になります。これを避けるにはコード(配線)の被膜が破れたりしていないか、結線を間違っていないか、プラスの端子が遊んでボディに触れるような状態になっていないか、ということが重要です。
通常はヒューズというブレーカー機構をかならず経由しているため、万が一ショートしてもヒューズが切れてその部分の電源カットを行うようにできています。ですからヒューズが切れて予備がないからといって、ショートの原因を取り除かないで通電性のある金属などでヒューズの代用をすると、たちまち当該の配線が燃えてやがて全ての配線に伝播して全滅することになりかねません。
もうひとつ古い車にありがちなのがデスビ、プラグコードなどからのリークで、通常デスビやプラグコード内はプラグに電気を供給するための数万ボルトの電圧がかかっています。こういう電圧を薄い被膜のコードで流すとたちまち透過してマイナス側へと流れようとして放電現象を起こします(リーク)ですからプラグコードは堅牢な絶縁素材で作られているのですが、劣化したコードや粗悪な製品はまれに電気が漏れることがありそれがマイナス側にスパークをもたらし、非接触状態でも火花が飛ぶことがあります。
もちろんここに燃料であるガソリンがあると一撃で着火します。特に夏場などは気化が速く、一度火が付けば後は火は生き物のように燃えるものを探してエンジンルーム内を徘徊し全てを焼きつくすまで燃え続けます。
ただ、こういった車両火災が古い車特有で、現代車では起こりえないと考えるのは早計でして、有名な話で少し前のベンツあたりの配線被膜はだいたい10年くらいで劣化し切ってしまい、手に持っただけで被膜が崩れて銅線むき出しになってしまいます。ただでさえ配線の多い現代車において配線束の中でそのようなことが起これば当然ショートもあり得ますし、それだけでなく信号線など車両に流れる12ボルト電圧が本来流れない配線にも流れてしまい、センサーやコンピューターを焼くなんてことも往々にしてあるわけで、そうなればもはや配線と端末機器は全交換となります。
まあ、ベンツがなぜそんな素材を使ったのかの説明は一切ありませんで、現在それが改善されているのかどうかは未確認です。ちなみにリコールは出ていません。
で、車両が燃えたと感じたらまず停車は当たり前ですが、意外なことに車は火がついてもすぐには止まることはなく、火炎によって致命的なダメージがエンジン部品に至らなければ原動機は回り続けます。それをどれだけ早くに察知し鎮火するかで後のリペアの度合いが変わってくるのですが、困ったことにワーゲンのエンジンは後ろのため、匂いも熱も火炎も後ろへ飛んでゆくわけです。周囲から見るとリアルに「かちかち山」なんですが運転している本人だけが気づかないという困ったことになりがちです。後続車が離れて点になっても、けして自分が速過ぎると錯覚を起こさないことは肝要といえましょう。
では、火災が起きていることに気づいて停車して、消化を試みる段階に至ってどのように消すかと申しますと、リアデッキリッドの内部で明らかに延焼していると思われるとき、不用意にデッキリッドを開けると爆発的に燃え上がることがあります。(いわゆるバックドラフト)この際に衣服などに燃え移るのも恐ろしいので、出来ればそのまま消化器をデッキリッドのスリットや、エンジン下などから吹きかけるのが良いと思います。火を消すには消火器が有効なのは言うまでもありませんが、実はこういった火災の場合は水が一番良く、消化剤は金属部品にダメージを与えることが多く、後になって影響が現れることも少なくありません。
それでも焦って開けてしまった場合、おそらくは轟々と燃える火炎にしばらくは近づけないことでしょう。ただ、エンジン内にある可燃物といえばガソリンとオイル、コードやデスビキャップなどの少量の樹脂製品くらいですので、気化ガスが燃え尽きれば自然と鎮火します。(ただし、一定以上の燃焼熱が高まった場合、エンジンケースの素材であるマグネシウム合金が発火して手がつけられなくなります、稀ですが)
しかし、フューエルポンプよりタンク側のフューエルラインを焼損してしまった場合湯水のごとくガソリンが供給されるため、ガソリンがある限り燃え続けるという悲惨なことにもなります。ちなみにタイプ2の場合、ほぼエンジンの真後ろにタンクがあり、ガソリンの給油方式も自重落下に近いため、かなり危ないというか、タンクそのものに着火して車両全焼という事態にもなりかねません。はっきりいってこうなるともう消防車が来るまで消えません。
火災のときチャレンジャーな人は炎に衣服などをかぶせて密閉鎮火を試みるのですが、ガソリンなどがこれに付着すると更なる延焼を招きますのであまりよろしいとはいえません。状況によりけりです。
ちなみにガソリンが漏れ出してその付近にショートした配線が転がっていて、その二つの要素がランデブーしてあわや危機一髪、大爆発から逃れたなんてのがドラマなんかの演出でありますが、ガソリンはただ単にぼっと燃えるだけで、爆発するわけではありません。
一般的にはガソリンはどちらかといえば燃えにくい燃料といわれておりまして。長くなりますのでさらっと言いますが、ガソリンが爆発するには高圧縮され空気と混ざり合った気化状態であるという限られた条件下でしかなく、逆に言えば資格もない一般人が自家用車や、まして転倒などのリスクが付きまとう二輪車などに十数リッターをも搭載して運用できるほど安全性が高いわけです。
ガソリン火災のときに爆発のように見えるのは、保管していたタンク内で内圧があがったせいでタンクの損傷や、キャップの脱落などにより、そこからガソリンが噴出し、着火して火炎が高く上がる現象を指していることになります。気化ガス性の爆発はもっと一瞬で爆圧のスピードも速く爆風と衝撃波が伴います。(つまりエンジンを動かすエネルギーのことです)ドン、メラメラと燃えるのがガソリンや灯油、焼夷弾の類で、ドカンと一撃でいくのが火薬や水素の爆発です。ちなみに原子力はまた違う原理です。
火災への対応ももっともですが、火災が起きないように日ごろからチェックを怠らないことが肝要なのは言うまでもありません。当然ながら一度火災を起こしてしまうとかなりの確率でエンジンはパアになります。水没も厳しいですが、火災も同様に厳しい処置となります。
大事なことなので二度繰り返しになりますが、どんな機械にも「まさか」は付きまといます。この世に壊れないものはないというのはNASAのアポロ13の例を取り沙汰するまでもなく現実でありますから。
ということできりがないので、この辺で。
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