今年はスーパー猛暑なんらしい

2017. . 25
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もう夏みたいな暑さやけどね。夏はもっと暑いわけよ。
例の如くうちは40度アップの労働環境で、今年こそ死ぬかもしれません。暑くなったら寝てしまうので。

さてぇ、この前チョット触れた温暖化の話ですが。Co2をはじめとする温室ガス効果で地球が温暖化しているのではない、という話をしました。
この話、二酸化炭素犯人説が強すぎて埋もれそうになってますが、未だに温室効果は「説」どまりで、確定はしていません。ただ、ここに至るまでに、そうとうの力学が働いているという事は知っておいた方がいいかもしれません。

思えば911テロ以降、ブッシュジュニアが「テロとの戦争だっ」と口走ってからというもの、そのルールに則るかのようにテロが頻発しております。イラク戦争以降なんてテロ国家(と名乗っている)が樹立する始末です。えーブッシュ君知ってたんかいな、ってくらいうまいことなってます。

に、しても自爆テロとかする奴って、ほんとにバカだな。そんなんしても極楽浄土にはいけまへんよ。

ま、それはさておき、何かを悪者にしてそれの排除という名目に則らなければならない動きがある場合、というのは得てして気を付けなくてはいけません。日本も70年ほど前はそういう渦中にあったわけでして、あれ、みんなで戦争しちゃったんだってことは忘れちゃならんのですよ。軍部に騙された、っていいますけど、信じちゃったのならそりゃああなたがバカでしょうに。

で、この法治国家において、現在最大悪とされている二酸化炭素ですが、そもそも大気中の二酸化炭素濃度というのは大して高くありません。濃度の問題じゃないというならそれでも別に構いません、どうせ立証できませんから。
ただ、排出権取引やらで思い切り金銭取引に走っている時点で国家規模でカモにされてるんじゃないかと考えたほうがいいかと思います。

こういう話があります。

「環境が歴史を作る」

これは人が住んでいる地域が災害や伝染病など、何らかの事情で住みにくくなると、民族が移動することになります。
昔は国境や国家間の取り決めもあいまいでしたから、問答無用で攻めて土地を略奪してもかまわなかったわけです。
ですから古代の戦争の多くはまず、環境の変動が引き金になったという考え方があります。理屈は後付けで。

住む土地がなくなるのを恐れる、すなわち地球が住めなくなったらどうする、という事が、人の行動を決めるわけです。

エコ問題はエネルギー問題でもあり、人口問題でもあります。
このままいくと、2050年には人口が百億人突破するとみられています。

さて、人口爆発を止められるでしょうか? というほうが大局的には問題になっている。
でも日本じゃ少子高齢化を問題にして、人口を増やそうとしている。中国は一人っ子政策を解禁しました。これは国家としての施策であり、人口がそのまま国力に反映しているような国は何処でも同じように考えています。

これ、逆から考えてもらえると納得いくと思います。

人口増えると資源が枯渇、食糧不足が必ず起こります。そうなってしまった時には必ず人は戦争を始め、互いに簒奪し合います。
ですから、とりあえず地球温暖化でヤバいというインフォメをしておいて、エネルギーを使わせないように仕向ける。要するに国単位でエコな暮らしをしてもらってつつましく生きてもらうという方向性に持っていきたいんです。
エコなくらしとはすなわち、大規模な発展をしてきた20世紀を拒否し、現状維持、もしくは衰退方向へと持ってゆく目的があるんですね。

誰が主導してるって、そりゃあ先進国です。貧乏な国は貧乏なまま先進国の為に食料や資源を生産してくれている、今のままでいてほしいんです。豊かになってもらっちゃ困る。国際的に制限をかけるための仕組みが「排出権取引」という訳です。仕組みは面倒なのでここでは説明しません、自分で調べてください。

たしかにここ数年暑いのは暑いですが、別に2,3度上がったところで死にません。適応していきます。むしろ気温が上がれば生産性は上がります。寒冷化するよりよっぽどマシです。
何より問題はそこじゃない、という事をこの暑い夏にぼんやりとまどろみながら考えてみてはどうでしょうか。

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休日、壁と向き合う

2017. . 23
このところ、休日の私は壁と向き合っています。

自分の人生を見直したいだとか、反省を描いているだとか、哲学に生きているわけではありません。
壁にタイルを貼っています。

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家の壁です。 
見栄えがよくないので、買ってきたタイルをペタペタ貼ってるんです。実は自分で造った壁なので面がガタガタです。しかも施工してからすでに三年経ってる。とりあえず職人ではないのでもうこれ以上きれいに仕上げられんという事で、ガタガタの面でもタイルを貼れるように考えたのがこれ。

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シリコンコーキング剤を接着剤がわりにして貼り付けます。シリコンなので耐候性はバッチリなハズ。壁に付くかどうかはすでに実験済み。当然目地は後で埋めます。

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遺跡発掘現場の作業員じゃありません。私です。
仕事と同じ格好してます。年中作業です。そう、生きること其れすなわち作業、作業的に生きる、生きてることなんて作業だ、従って人生とは作業なのです。

壁に向かって出た答えです。

嘘です。

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ウッドデッキを突き破って木が生えてきました。元気ですね。

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日が暮れる。
私の休日が終わります。

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猫は一日寝てました。

原チャリはなくなる 2

2017. . 21
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古き良きというか、こう言う乗り物が市販されてたことが信じられん時代になった。

と思うのは私だけでしょうか。

さて、昨日の続き。原チャリがなくなるというお話の続きですが、最近バイク界に激震が走った「モンキー生産終了」です。
ホンダ・モンキーといいますと、世界最小の公道市販車としておそらくは最も売れたバイクではないかと思います。
上の写真のオサレな車両が実際に市販された初期型モンキーです。
今やマニアの手の内にくらいしか現存していない、50年前の車両です。

こたび、このモンキーの生産が終了します1967年から生産され、モデルチェンジ、マイナーチェンジを施されてきた車両の歴史に幕を下ろします。

これの大きな原因は、現在のエンジンと排気構造では環境基準を満たされないという(大変ばかばかしい)理由からです。
燃料供給システムをキャブからインジェクションに替えるなどして善戦はしたのですが、いかんせん技術でカバーできても、今度はコストの問題が発生してしまい、最早原付の価格としては高額になりすぎました。
ちなみに今年のモデルで298080円という・・・・・・。

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画像はフィットハイブリッドですが。

技術のホンダならモンキーをさらに進化させることは可能でしょうが、おそらく価格がさらに高くなります。
これが50ccという壁の限界です。

それに周囲の環境の変化。前記事で書かせてもらった諸処の事情が、さらに50ccを意味のないものにしました。

モンキーというバイクは世界最小を謳うだけに、ホイールサイズは8インチ(めちゃ小さいです、スクーターのタイヤより一回り小さい)ホイールベースは895ミリで、ほんとうに人間一人の両腕の中に納まるくらいで、重量が68キロと、力持ちの人なら抱えて運べます。
エンジンはカブなのでちゃんと60キロくらいは出ますし、前後のサスペンションも装備しており、バイクとしての装備はしっかりしています。ですが実際には、公道を走るとかなり不安定で、周囲からの認識性が低く、バイクに乗った人が走っているというより、人が何かにまたがって高速移動している、という風に見えてしまうほどです。

おそらくは次にモンキーサイズのバイクを新規で作ろうとしても、安全性から運輸省が許可を出さないと思います。
モンキーは作り続けたから、70年代にモデルチェンジしたままのサイズで作れたのだと思います。

70年代や80年代というのはバイクブームもありましたが、コンセプトモデルじゃねーかと見まごうような、スタイルのバイクが多く開発され、市販され、そして消えてゆきました。それらは今となっては全て再生産できないような規格であったり、ものすごいコストがかけられていたりと、メーカー自身も挑戦や面白さ、といったことを前面に打ち出して、それを商売に出来るような素地があったのです。

環境基準というのがバイクに適用した時から、雲行きが怪しいなとは思っていましたが、やはりこういう事態を招きました。
はっきり言って、二輪業界の未来を憂慮します。

たかだか50ccが排出するガスに基準を設けて、規制して、いったい何がしたいんだか。

暑くなってきましたが、改めてここで言っておきます。
地球温暖化は排出ガスのせいではありません、と私は主張する側の人間です。

それに、温暖化すれば、冬が寒くなくていいじゃねーかよー。 

次回に続く、かもしれない。

原付はなくなる

2017. . 20
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だんだん、エンジンを抱えて運ぶのがつらくなってきた。というか、腰いわしそうで怖い。
実は私、この稼業やってから、未だに腰はノーダメージです。
整備関係の人間というのは車もバイクも問わず、大抵は「ぎっくり」を経験しているものでして、一度やると大体癖になると言われておる、職業病とも呼べるものです。

それはともかく

昨今にわかに、自動車免許に125ccまでの原付二種免許をつけましょうか、という話が持ち上がっています。ちなみに現在は原付一種(50cc)です。

何故そんな法改正が囁かれているかというと、これは需給の問題が深刻になってきたためです。
まず、バイクメーカー的には50ccも125ccも製造コストはそれほど変わらない。
しかしながら販売価格は二倍から二・五倍の差があり、利益を出すには効率がいい上に、海外への輸出もしやすいというメリットがあります。海外には50ccの制限というのがありません。

20年ほど前であれば、原付に主な使用層である高校生や大学生、主婦などの分布が広かったのですが、それらが縮小することにより、薄利多売の作戦が取れなくなった。

また、手軽な電動アシスト自転車なるものが普及し、わざわざリスクを負って原付に乗車する人口が減った。

などなど、今まで所謂51ccから124ccクラスの車両というのは、道路運行上最も有用な手段であったにもかかわらず、免許制度の制限からユーザーが少なかったのです。

それがここ10年ほどの間で50ccが減り125ccの数が増える傾向にあります。
これは、かつてビッグスクーターに乗っていた層が、社会人となり通勤などで使う関係から乗り換えに走ったためだと推察できます。その証拠に、ビッグスクーターの数は激減し、中古市場も暴落しました。本当に線を引いたようにある時期を境にこの逆転というか、転換が起こり、今に至ります。

自動車免許のオマケ免許の改正はこういった流れを汲んだものだとは思われます。

そもそも50ccに限定するという免許そのものの取得は、二者択一の○×問題を50問こなし、合格点に達すれば晴れて免許御取得という、かなりお手軽なものであるため、とりあえず持っているという人は多いとは思います。
また、免許証が公的な身分証となる側面もあり、原付には乗らないけどもっているという人も、少なくはありません。

この原付免許にお世話になった人は多いかとは思いますが、今後はこれがなくなる可能性はあります。

というお話から、すこし処暑の問題を考えてみようかと思います。

というわけで次回に続く。




合鴨ちゃん

2017. . 18
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本日は晴天なり。田にも水が張られ、そろそろ田植えの時期と相成ります。わたしゃ別に農家じゃありませんが、この風景が夏を惹起させるものでして、同時にふと思い出すことがあります。

ふと田んぼを覗くと合鴨が田に泳いでいるのが見える。
おお、あれが合鴨農法という奴かとしばし観察する。

彼らはここの田を自身のテリトリーと考えているのだろうか。他の田にゆくことはないのか? 稲穂が育つにつれ田は水辺ではなくなる。そうなれば合鴨の食すべき餌は田にはなくなる。彼らは秋にはどこかへ行ってしまうのだろうか?

まさか働くだけ働かされて、秋には鴨鍋にされてしまうのだろうか。
そして春になれば何も知らない新しい合鴨が田に放たれ……。

つーことは。

カモ「あの、おやっさん、去年に働いてた鴨たちって今年は来ないんですか?」

農家のおやっさん「ああ、あいつらは田舎に帰るってねぇ、今年は来ねぇよ」

カモ「まあ、最近の人はきつい仕事だとすぐやめちゃいますからね」

農家のおやっさん「おうよ、最近はブラックなんとかっていうけどよ、ウチはきれいなもんだぜ、なんせエコとリサイクルを両立してる環境企業だ」

カモ「おやっさんのコメづくりの信念に僕らはいたく共感したんですよ、僕は今年も来年もずっと働きますからね」

農家のおやっさん「おお、ありがとうよ。たらふく働いて食ってくれよぉ!」

みたいな・・・。

コメ作り現場って超ブラックだな、とか考えてしまった。鴨にとっては、ですが。

でもこれ、ちゃんと理由があって。鴨が成長してしまうと逆に稲穂を食べるので、田からは除かなければいけないんですね。なら、次年に持ち越せばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、休耕期の間の飼育もさることながら、成長した鴨では、早い時期に稲穂に首が届いてしまうため、収穫の随分前にやはり稲穂を食べられてしまうのです。
従って、合鴨農法は基本、新卒採用で、一年雇用が原則。成鳥を野に放つことも禁止されておりますので、ま、食うしかないと。

で、鴨がネギをしょって来るといいますが、都合のいい被害者のことをカモとも呼びます。

これ、実は一緒です。

カモ:詐欺や悪徳商法に引っかかりやすい者の俗称。鳥の鴨が簡単に囮(デコイ)に誘い出されることから(Wikより抜粋)

ですんで、つくづくカモは昔からお人(鳥)よしなのだなと。

まあ、我々も現代社会に生きていると何かとカモになっていることはあるかと思いますが、欲に囚われ幻惑されるときこそ気を付けなくてはいけないという話。
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