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もうひとつの 2025年問題

2024. . 17
少し間があきましたが、問題シリーズ第三弾、もうひとつの2025年問題。
もうひとつの、というより、これが一番問題視されなくてはいけないのですが、意外に騒ぎ立てる人というのはおりませんで。
なのでここは私らしく、そういうマイナーな問題を取り上げたいと思います。

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最近にわかに「裏」の界隈で囁かれるのが、2025年7月に大災害が起こるというもの。
その災害の規模がどのくらいなのかというと、フィリピン海沖で大規模な海底火山が爆発し、そのせいで巨大な津波が起きて、日本列島(およびその周辺国)の大部分が海に飲み込まれ壊滅する、というもの。もしくは、隕石が落下して大爆発するという話もある。
リアルな日本沈没(小松左京)です。

ええ、予言の話です。

これは、内容こそ多少の違いはあれど、各地域各種の予言者が同じ時期に全地球的な災害が起きると明言していることから話題になったものです。日本で有名なのは、漫画家のたつき諒作「私のみた未来」で、今までも予知夢でいくつかの未来を当てているという漫画家。
たつき諒筆頭、そういった方々が予言する凄惨な大災害のあと、ポストアポカリプスのような世界が広がるのかと思いきや、そうはならないそうです。

土地が壊滅し、大幅に人口を減らした世界はやがて快方に向かいつつ、生き残った人々の手で新たな価値観の時代の幕開けを迎える、といったまるでノアの箱舟のようなシナリオが用意されている。というのも、生き残るのは選ばれた者達だけだからです。アッチ風にいうと神を信じ神のために尽くしてきた人々、とか意識のレベルが高い人、とかまあそういう感じ。

この手の話でリアリティがないのは、そういうとこなんですよね。漫画やアニメみたいに善人(みたいな人達)だけが生き残って、大団円、みたいなの。
実際の世の中ってそんな感じじゃなくて、善人は騙されて搾取されて、滅ぼされたり奴隷にされたりしたのが人類史のデフォルトじゃん。大体生き残って幅を利かせてるのは悪い奴らばっかりで、我々ってのはえてして「悪い人たちの子孫」な訳ですよ。(蛇足ですが、ブランキージェットシティの「悪いひとたち」って歌がまさにそういった現代を唄ってるのだけど、つくられたのは90年前半。そっから伝わるメッセージ性は大して変わってないってのは笑える)

私的にはその悪い人達の中にも、ちょっとくらい罪悪感を覚える人達が宗教なんて始めたのがきっかけで、贖罪を願って神を崇め、原罪なんて生み出したんだろうと考えてる。
まあ、それはさておいて。

ノアの箱船の逸話でも、いわゆる神の寵愛を受けていたノア一家は箱船を事前に建造するようにと、お告げがあったのですが、ノア達がそれを言われたまんまやってるのを見てせせら笑ってた周囲の人達は洪水に呑まれてみんな死にました。

ま、助かったのはノア一家だけではなく他にもいたそうですが、神のお告げを無視したらそういう悲惨なことになるという、いっちゃえば強談威迫(ごうだんいはく:言語や態度により、自己の要求に応ずるように要求し、相手方に不安、困惑の念を抱かせること)であって、そういうの神としてどうなん? ってのは子供の頃から思ってました。

でもこの預言、本気の方は今頃箱船建造してるかもしれませんし、一部の金持ちは標高の高いところへ居を移しているとかなんとか、まことしやかに囁かれたりしていて、このあやしい予言話を補強してくれたりしています。

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ま、こういうの都市伝説とか、陰謀論とか、スピリチュアルとか、そんな感じで常識的な考え方、思考、思想、とは一線引かれて一歩引かれるきわどい話です。ネットの隆盛からこっち、こういった話題は絶えずどこかで囁かれており、予言系などはそれこそしょっちゅう外れているわけですけど、そこに「別の世界線」などという便利な理屈を持ち込むことで、予言はあくまで予言として娯楽として楽しむような側面も垣間見れます。
もちろん、ネット社会以前は雑誌や書籍、あるいはテレビの番組特集などでもよく流されていましたし、オカルトやミステリーは、営利媒体としては非常に優れたコンテンツだったと思います。

現在の四十台くらいまでの方なら誰でも知っている、そのきわどい話の筆頭といえばノストラダムスの大予言で、1999年の、これも7月に何らかの災害が訪れる、的な予言がありました。
が、まあご存じの通りそこはばっちり外れて、平穏な世紀末が過ぎ、地球は無事二一世紀を迎えて今があります。
それこそ世紀末以前というのは、この預言の影響もあって、1999年に大規模な災害や戦火に見舞われる、もしくは終末戦争が200X年などとオカルトやSF南下では頻繁にネタとして使われておりました。これは、いまの世界のように何十年も先を見越すような考え方がなく、割にその日暮らしで、明日何が起きても驚かない、くらいの感覚で皆が生きていたという時代背景はあります。

信じられないかもしれませんが、今ほどメディアのネットワークがなく、もちろんインターネットもないという時代は、情報操作など簡単に出来たわけで、為政者にとっては実に支配しやすい世界だったろうなと思います。
日米の関係で言えば、第三次世界大戦への危惧、それこそロシア(ソ連)とかは本当に何をしでかすか判らないといった風評の流布がなされ、米帝の云うがままに軍備拡張日米安保して今があるわけです。でもまあ、箱を開けてみればさほどに印象は変わらなかったというか、ペレストロイカ以降向こうの情報が入ってきて状況を知るにつけ、やっぱり社会主義ってダメだったね、という印象を我々自由主義陣営に植え付けてくれました。

しかしながら、私の記憶の範疇だけみても、大災害ってのは二一世紀以降の方が格段に増えているのであり、過去の人々が予言していたように不穏な時代には変わりありません。それに核の脅威なんて世紀末よりも格段に上がってますしね。この三十年で見てもどんだけの国が核兵器を運用できるようになったかって考えたら、もはや廃絶なんて不可能だと考えるべきかと。

ただまあ、予言って不思議なことに「何十年も前から予言してた」、と聞かされるのは大抵当該年の数年前か、当該の事件事故災害の直後という感じですし、不思議なことにどこぞの国が核を撃つ、という予言はないし、宇宙人が来たりもしない。もちろん地底人とも出会わない。なんなら「ツィッター」が「X」になるという予言をした奴なんて一人も居ない。こんなわかりやすくて簡単な予言が出来ないものかねぇ、と。

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例の如く長くなってきたのでそろそろ締めようと思うのですが、予言ってほぼ悪いことしか予言しないのは変だと思います。そういうの、予言する側のネガティブシンキングがはいってませんかね、と思うと同時に、人類って基本的にはネガティブで、何もないのにアガってゆくはずがない、と考えるあたりが、いわゆる世界の情勢の流れに反映しているのかなという気はします。

いっている意味がわかんないと思いますが、単純に集合意識が状況を生み出している、といった考え方を私が支持してるのでこういう言い方になります。
これは別にスピリチュアルな話ではなく、「皆さんが望み、思うような形の最適解に社会を導くことが、社会の秩序を維持するのにうってつけである」という理屈が、もっともシンプルで合理的だから、皆が認めて、その論理を採用している。だから、社会は皆さんの思いの丈の分でしか実現していかないし、良いこともあるけど、むしろ悪いことの方が多くなる。(それで仕方がないと考える重層的な意識があるから)

事実、ある一部の人間達の手によって「科学」というものが生み出されるまで、人類はその可能性を見出さなかったし、今が変化するとは考えなかった。
文字通り「神」のようなものの掌で櫓の周りを延々盆踊りをしていた。

今、科学や宗教や食料や医療、いろんな革命を経て、我々の世界は有り、我々はそこに生かされている。
だけども、いつか世界は滅ぶ、いつか隣国は攻めてくる、いつか日本は凋落する、という不安を拭えない。
そうして自ら守りにはいるけど、不思議なことに人は、「自分はいつか死ぬ」という考えをそれなりの年齢になるまで持つ事をしない。明日死んでも不思議でもなんでもないのに。

もちろん死ぬのはいやでしょうし、考えたくもないでしょうけど、実際今までもたくさん死んでますからねぇ。あなたが人類最初の死者というわけじゃないからそんなにビビる話じゃないと思います。しかもあなたよりも莫大な資産を残して、禍根も残して、遺族も残して、夢も果たしきれず、やりきれず、大体の人が死んでますからね。

だから、来年どなたかの予言が的中して、隕石が落ちてきたり、海底火山が爆発しても、津波に呑まれて死ぬのか、食糧難で死ぬのか、暴動に巻き込まれて死ぬのか、そりゃあわかりませんけども。でも、たぶんまだ明日は生きてるんじゃないかなぁ、くらいに構えて、今日を感謝するのは何も悪いことではないんじゃないでしょうか、って思います。

そのくらいみんなが気楽に構えてたら、神様だって「もう少し人類生かしておいてやろうか」なんて考えてくれるかもしれません、よ~。

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